アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
ホームステイ学生の英語勘----どんどん英語世界に飛び込むT君
さてさて、今年の夏の、我が家のイベントのホームステイ受け入れ活動が終わりました。今年は、わが母校(大分高専)の後輩のT君が、我が家に来てくれました。このT君、アメリカはもとより外国は初めてで、なんとか英語を使ってみたいという事でホームステイを希望してアメリカに来ました。

ここ数年、何人かの若者が我が家にホームステイに来ましたが、今回のT君は、今までの若者達に較べて、はるかに英語への抵抗がなく、どんどん英語世界へ飛び込んでくれました。

初めてのアメリカで英語世界に飛び込む事。これは、どんなに英語を勉強している人でも、躊躇するものです。それを、平均的日本人学生のT君は、難なくやってのけました。英語に英語勘というものがあるならば、T君はそれを持ち合わせています。それくらい勘良く英語に対応していました。

英語に飛び込むのに必要な要素は、英語の知識以上にこの英語勘というものが必要なようです。それを再認識させたT君の、英語への飛び込み振りを見てみましょう。

[ホームステイ学生の英語勘----どんどん英語世界に飛び込むT君]の続きを読む
スポンサーサイト

テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

ビジネス現場の“姿さやけき“異文化コミュニケーション------会議やプレゼンの時の用語
会議やプレゼンの時の用語。日本もグローバル化が進み、用語もどんどん英語化されて、垣根がなくなってきているようですが、中には英語圏本家では使い辛い用語や、和製英語化されているものもあるようです。これを、そのまま英語にすると、コミュニケーションが“姿さやけし”とはいかなくなる事があります。

本日は、そういうところを少し。

[ビジネス現場の“姿さやけき“異文化コミュニケーション------会議やプレゼンの時の用語]の続きを読む

テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

英語学習論-----英語プレーヤーとしての“学習”を
前回、図らずも日本人の英語圏生活者の事を、英語の「プレーヤーで、監督とかコーチと違い、そう理論立てて英語を把握しているわけではない」と言いました。

英語学習は、スポーツに例えられる事が多いですが、今回は、先のコメントに誘発され、プレーヤーと監督コーチの必要要件というものを取り上げて、比較してみました。

即ち、日本の英語教育界は、英語のプレーヤーを育てようとしているのではなく、監督コーチを育てようとしているのではないか、というものです。

[英語学習論-----英語プレーヤーとしての“学習”を]の続きを読む

テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

英語の冠詞を英語社会での“実際のプレー”から見る----定冠詞と不定冠詞
我々英語圏生活者は、スポーツでいえばプレーヤーみたいなもので、監督コーチ等と違い、そう理論立てて、英語を把握しているわけではありません。よって、英語の用法や文法等はすべからく“実際のプレー“から、体が身につけたもので、把握していっています。

日本語には馴染みが無く、日本人の理解を越える冠詞も特にそうです。以前冠詞の考え方をエントリーしましたが、今回は、最近の“実戦”から把握したポイントをエントリーしてみます。

[英語の冠詞を英語社会での“実際のプレー”から見る----定冠詞と不定冠詞]の続きを読む

テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記