アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
「新緑や 山道これより 狭くなる(いちろう)」-------俳句的な日本語的英語の物足りなさ
こちらアメリカ中西部も、新緑の鮮やかな季節になってきました。特にこの辺りは広葉樹の多いところですので、寒い間は木の葉も落ちて、道の反対側まで見通せるほど広々していましたが、新緑が一斉に吹き出すと、道に覆いかぶさってきてその道も狭く感じます。

規模は違いますが日本でも同じ事で、当方の田舎(九州の山間部)でも今の時期新緑で山あいの道々で、うっそうと新緑が覆いかぶさってきて、道が急に狭くなった感じがします。

この様(さま)を詠んだ俳句の名作(?)に、

「新緑や 山道これより 狭くなる(いちろう)」

があります。

これは当方が中学生の時に、同じ新緑の時期に、国語の先生から「俳句を作ろう」と課題を出され、作ったものです。季語は入っているし、新緑でいつも通る山道がダイナミックに変わっている様(さま)を詠んだ名作だと、一人感じ入ったものでした。しかし、この名作も入選する事も無く(選外佳作だったでしょうか)がっかりしたものでした。

選評の時の件の先生の評価は、「何が言いたいのかイマイチ分からない」との事でした。確かに俳句というのは、言外の意を如何に感動的に伝えていくかを競うもので、限られた言葉でどう表現するのかがポイントになります。これに対して、文学少年でもなかった中学生の語彙では、先生に言外の意が伝わらなかったのでしょう。

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(アメリカの「新緑や 山道これより 狭くなる」)
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