アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
私の「愛の精神」-------「思いやり」の精神
私の母校(大分高専)の校是は「愛の精神」です。

これは学校創立当時の校長が、キリスト教の信者で、その中の精神を掲げたものです。当時、校長の講和では、よくこの精神について話を聞きました。叉、校長主催の私的な会合も行われて、この中でも有志参加者に話しをされていた様です。

しかし、当時の私は講和を聞いても、この西洋的な言葉にピンと来ませんでした。よって、校長の私的な会合にも参加せずじまいでした。

当時の私は、「朝には紅顔ありて、夕べには白骨となる」(浄土真宗の御文の中の一節)がしっくりくる人間でした。大分県の田舎の、日本的な土俗風俗の中で自然に成長してきましたので(仏教にのめりこんでいた訳ではありませんが)、この西洋的な概念にはなじめませんでした。

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