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オシム流走るサッカー vs 釜本サッカー&ジーコ流美しいサッカー。はたまたカウンター狙いのサッカー―――草の根評論家の見る走るサッカーの対極サッカー
サッカー日本代表のオシム監督の走るサッカーがスポーツメディアをにぎわせています。今となっては走らないサッカーなどありえないほどの人気振りです。

サッカーは多かれ少なかれ走るスポーツ。どんなタイプのサッカーを選択しても走らなくてはなりません。

走るサッカーを標榜するからには、その対極として走らなくて良いサッカーなんてあるのでしょうか?草の根評論家の見る走らないサッカーは以下の通りです。

「相手ゴール前は空けとんのや。ちょろちょろ走り込むな」

これはかってのゴールゲッター釜本選手の有名な言葉です。

得点感覚に優れ、1対1にも強く相手のバック陣突破を狙っているフォワードの選手にとっては、これから自分が入っていこうとする相手ゴール前に、ちょろちょろと味方の選手が入り込むのは邪魔者以外何者でもありません。

味方が近づけば相手のマークも少しは分散するでしょうが、偉大な選手にとっては2~3人のマークはなんのその。まとめて抜き去りゴールへ向かいます。その抜き去るパターン又はシュートのコースの狭まる味方選手が近くに居ることはいいものではありません。

ちょうど子供たちのサッカーで味方も敵もボールに密集してけりっこをしてサッカーにならないのと同じです。

こういう選手がいるチームにとって、ちょこまか走り回るサッカーは念頭に無いでしょう。

個人技の南米サッカー

その昔、1960年代までは世界各地域のサッカーが単純に区分けされていました。曰く、個人技の南米、パスワークの欧州大陸、ロングボールのイングランド、です。

その昔の南米は個人技サッカーの宝庫。各選手個人技を競っていました。パスを受けると、考えるのはまず相手を抜く事。ドリブル突破を図ろうとします。

ここで問題になるのが上記釜本選手の時と同じく、突破先に味方選手がいて突破のパターンが狭まる事。当然チーム内の約束事でそこには走りこまないようにします。

当時は縦の突破だけではなく、横へのドリブルの選手も多くいました。縦のみならず、横へも走りこめません。

そんなチームでは走るサッカーは推奨できません。日本代表のジーコ前監督はそんなサッカーの体現者。当然ジーコ日本時代のサッカーはその影響を受けていました。キーワードが黄金の中盤でした。

カウンター狙いのサッカー

日本チームが中東勢に弱かった頃はいつもこれでやられていました。相手はゴール前を固めて動かず受身一方。しかし最後の数分に逆襲で得点される、と云うパターンです。

これはバック、中盤の選手は動き回らずにゴール前を固めて専守防衛をとる戦術のサッカーです。あちこち動き回るのはご法度です。走るサッカーの対極にあります。

吉と出るか凶とでるか

世界レベルのタレントのいない日本では、釜本サッカー、個人技サッカー(ジーコサッカー)では太刀打ちできないという先のワールドカップでの反省を機に、走るサッカーのオシム監督を持ってきました。

小野や中村のタレントサッカーは犠牲にしてでも走るサッカーを追い求めています。これが吉と出るか凶と出るか?楽しみな所です。

草の根評論家はどんなタイプのサッカーでも好きですが、もしオシムサッカーに行き詰まったら、最後のオプションのカウンター狙いのサッカーも見てみたいですね!!


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