アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
「英語と日本語では人格が違ってくる」について―――英語の個の確立と明確な主語
「英語と日本語では人格が違ってくるのだろうか?」というのは、英語に係わってくると誰しも気づいてくるようです。英語圏の社会の仕組みがそうさせるのか、英語の語法がそうさせるのか、英語の表現は日本(語)の謙遜謙譲の世界とは少し違ったものになりそうです。

ここでその例を見て見ましょう。
個の確立と明確な主語

例えば先日のエントリーの禁煙の話題で、「喫煙は健康に良くない」と云うことを相手に伝えようとします。その時の日本語での会話は、

「喫煙は健康に良くないと思います」

と主語の「私は」が欠けがちになりますが、英語で言うと十中八九

“I don’t think smoking is good for your health.”

と「私は」の主語が明確になります。勿論英語でも”Smoking is not good for your health.”と,「私」が主語ではない形をとることがあります。しかし日常の会話の中でのやり取りは”I don’t think ……..”の形をとるのが大多数です。

喫煙賛成論でもこの「私」が英語では強烈に出て来ます。日本語では

「喫煙は時には気分転換に必要だと思います」

ですが、英語では,

“I think smoking is a need for my mental health.”

と、やはり「私」が出て来ます。この様に英語では肯定文否定文共に「私は」が表に出てきて積極性が強くなりますね。日本語では中々ここまで強く「私は」と出しにくいですよね。

これは英語文化圏では個がしっかりと確立されており、それがこういう表現を生んでいるからでしょうか?

この”I don’t think.”はこれ単独できっぱり断る「キッパリ感」の強い表現となります。

“Would you like to go lunch with us?”
“No, I don’t think so.”

“Why don’t you join our golf outing?”
“I don’t think so.”

なんだかキッパリ断られた感じがありありです。勿論英語でも湾曲に断る表現はあります。“Well, thank you for your inviting me. But I don’t have time to ……”
等ですが、確率論で行くとこれは圧倒的に少ない表現となります。

これを日本語でいうと、

「昼食一緒にどう?」
「申し訳ないですが、ちょっと時間が無いもので...すみません」

とやはり柔らかい表現になります。これを英語直訳的に、

「昼食一緒にどう?」
「私はそうは思いません」

と答えられると、相手がよっぽど気分を害しているか奇人変人の時くらいではないでしょうか?



そうです。この英語の明確な主語を使うのは、日本語を使う時に較べまさに人格が変わる様な“気分”なのです。この「私」がそう思う、「私」はそう思わないの“気分”、“気概”がないと英語圏での会話はなかなかかみ合っていかないのではないでしょうか?

(おっと、日本的なまとめ表現になりました。英語的に言うと「...そういう“気概”がないと英語圏の会話がかみあうとは私は思いません」でしょうか?)

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テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

コメント
この記事へのコメント
Nosioさんすみません。先日ここに頂いたコメントの承認作業をしていたら消えてしまいました(涙)。
2006/10/22(日) 13:46:13 | URL | いちろう #-[ 編集]
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