アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
「英語と日本語では人格が違ってくる」について―――Miscellaneous tips (種々のトピックス)
本シリーズで出てきた話題の余談を少々。


“I don’t think so.”について

いちろうの息子じろう。アメリカに小学校の時に移り住んで10余年。アメリカの学校を出て地元で働いています。いちろうの家庭内会話は日本語ですが、じろうにはアメリカ育ちのためか、所々に英語直訳的な日本語が混じります。

この英語直訳日本語の中にも日本では見られない人格の対等性が見られます。

いちろうとしては時々息子と一緒に食事でもしたいものです。

いちろう―――「じろう。どうだい、メシでも食いに行くか?」
じろう――――「僕はそうは思わない」
いちろう―――「....」

「僕はそうは思わない」は”I don’t think so”を直訳した日本語です。これは先日のエントリーでもありましたが、英語で断るときの常套句です。

普通日本語であれば「僕いやだ」とか「行きたくない」と云うのが相場です。こう答えられると、「いいじゃないか奢ってやるぞ」等つぎに会話が進みそうです。いわば、まだ親と子の従属性を感じさせます。

しかしこの「僕はそうは思わない」は、「あなたの考えは食事に行きたいということかもしれないが、私の考えはそうではない」という個人と個人の主張のぶつかり合いみたいな響きを感じさせられます。それでいちろうも二の句を継げません。

これからしても英語というのは対等性の高い言語だなあと思います。

Seniorityについて

これも本シリーズで出てきましたが、英語は年上年下関係がありません

Seniorityと云う言葉があります。日本では年上の人を敬う、さらにお年の人を大切にすると云う意味合いです。

しかし年齢による差別のない国アメリカ。こちらでは少し違う意味合いです。こちらには年齢による差別もなければ逆に特権もありません。敬老会もなければ老人大学等もありません(と思います。少なくとも当方は聞いたことはありません)。よってSeniorityという言葉は殆んど聞きません。

一つ例外的に聞くのは、企業のレイオフ等でSeniorityという定義が出て来ます。これはレイオフの時にその企業の勤続の古い人はレイオフ対象になりにくいというものです。繰り返しますが(おっと、英語的なくどさです)年齢の上の人ではありません。若くても勤続年数の長い人はレイオフになりにくいという意味です。

勿論これは年齢の上の人に敬意を払っていない、ということではなく年齢に関係なく対等に敬意を払いあっているという事です。よって言語も対等な表現になっているということでしょうか。




さてさて我が家も皆対等な関係です。親や夫としての権威を示す時はあるのでしょうか?まあアメリカにいることだし、家族全員対等に敬意を払いあっている、といい風に解釈しましょうか。



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