アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
田舎教師殴打出血事件―――牧歌時代の先生と生徒、親の信頼関係といじめ問題
いちろうが中学生のころですから1960年代の頃の話です。いちろうの中学校は大分県の山間部の田舎にありました。

そのころは勿論現在みたいな高密度集積社会ではなく、戦後20年経っていない時代の牧歌的な社会でした。しかしその反面、戦争の荒々しい気分の残っている時代で、中学生ともなると先生による“気合注入”即ち、げんこつ、ビンタも行われている時代でした。


“気合注入”の殴打が嵩じて出血を

いちろうが中学1年か2年のときでした。ある日H先生のクラスから先生と4~5人の生徒があわてて歩き出して来ました。日ごろ厳しいけど明るいH先生も神妙な顔をしています。よく見ると後ろに続く4~5人の生徒は頭をハンカチで押さえて半べそをかきながら続いています。

後で聞いたところによると、H先生が悪さをした4~5人の生徒に教授用の竹鞭(昔の先生は皆持っていました)で頭に“気合注入”したところ強く殴り過ぎ出血したとか。さすがの名物先生も慌てて生徒の治療に行ったわけです。生徒たちは頭を少し切っただけで大事に至らずに済みました。

先生と生徒、親の信頼感のある時代

当時は上記のようにげんこつ、ビンタは常の時代。それでも出血するとなるとあまり例のない事件だったのでしょう。先生方も少し慌てていました。しかし、この当時この殴打出血事件が問題になったということは後々まで聞きませんでした。むしろよくやってくれた、という称賛の方が強かった雰囲気でした。

現在であれば大問題になるところでしょう。先日も日本のニュースに、生徒の投げたボールが先生に当たりその先生が激昂して生徒を手荒く扱った、とありました。これだけで全国ニュースです。ましてや出血事件になると当事者の先生含め、学校関係者の責任が糾弾される騒ぎになるでしょう。

当時は先生と生徒、その親の間に信頼感がありました。学校に子供を預ける、教育をお願いする、一人前の人間にして貰う、ということで親の方が先生に全幅の信頼を置いていたように思います。子供の多少の怪我位は「先生よくやってくださいました」という時代だったのでしょう。

勿論現在問題になっている基本のしつけまでも学校に依存するのとは違います。昔は大家族時代。おじいちゃんおばあちゃんのいるところも多かったし、親戚も近くにいる、何より兄弟姉妹も多かったので、そう云う基本のしつけはすでに家庭で出来ていたと思います。それを超えた児童から生徒に成長する過程での教育への信頼感です。

牧歌時代のいじめ

人間の性でいつの時代にもいじめというものはあります。昔もいじめはありました。ましてや気性の荒々しい時代の事。きついいじめもありました。しかし今程深刻で陰湿な問題には発展していなかったように思います。それは上記のような先生と生徒、親ががっちり信頼関係のスクラムを組んで事に当たっていたからだと思います。

ましてや先生たちの怖いげんこつやビンタのあった時代。悪さをする子やいじめっ子も先生の怖さに改心したのかもしれません。

地震、雷、火事、親父といって昔から怖いものの相場というものがありました。これらでガツンとやられるから、人は自身の行いを正すのだと思います。牧歌時代の信頼感のあるげんこつ、ビンタというものが深刻ないじめ被害を防いでいたのかも知れません。

後日談

いちろうが社会人になってくだんの先生のところに挨拶に行きました。当時すでに徐々に教育環境が変化しつつある時代で、厳しさ不足ゆえの弊害が叫ばれ始めていました。

その中で先生に「先生、昔はげんこつ、ビンタが出来てよい時代だったですね!」と質問しました。H先生「いや、昔でも教育要綱ではげんこつ、ビンタはだめだったんだよ!」。なんとも、先生方の体を張った教育方法を見た気がしました。




スポンサーサイト

テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

コメント
この記事へのコメント
叱ってくれた先生
先生達のことを、思い出すときに、最初に思い出すのは、本気で叱ってくれた先生ですね。
生徒に手をかけるかどうかは別にして、多分叱られる側は、先生が叱るその裏にある、生徒への思いやりや愛情と言うのを感じていたのではないかと思います。
人間味のある先生が私の学校には多かったような気がします。
2006/12/20(水) 04:35:07 | URL | calperch #-[ 編集]
Calperchさん
昔がすべて良かったというつもりはありませんが、何か最近は気になるニュースが多いですよね。生徒のいじめ、それによる自殺、校長の自殺、荒れた学校、運動会の平等主義、等々。

教師聖職論労働者論も、とうの昔から議論されてきていますし、その議論を踏まえた進んだ学校にならなければいけない時代だと思うのですが...

やはり肝心の思いやりや愛情が希薄になってきているのでしょうか?

2006/12/20(水) 12:51:41 | URL | いちろう #AtOU8eDY[ 編集]
この話は、色々と難しい問題を含んでいますね。
昔のことを思い出すしてみると、昔の親はあまり学校に期待していなかった気がする。
子供を預けているのだから、学校のやり方に、いちいち口を出さない、というか自分の生活そのものに忙しくて、そんな暇もなかった。
でも、今の親の関心は子供のことに集中してきている。
これでは、先生も大変だし、もっと子供が大変だ。
2006/12/22(金) 00:40:37 | URL | 英さん #-[ 編集]
最近(の日本)は親のほうが高学歴化、専門化して先生をやり込める、とある記事で見たことがあります。
そうなると相互の信頼関係というものはなくなるでしょうね。
2006/12/22(金) 12:44:35 | URL | いちろう #AtOU8eDY[ 編集]
はじめまして。
薄っぺらな情報過多の時代で、本物、現場、現実、を親も先生も判らないからでしょうね。昔はみんな体当たりで生きてきたのに、いまは能書きだけで生きて行けちゃう
現場、現実を知らないくせに。。
自分にも当てはまっているのですが。。
2006/12/22(金) 15:37:57 | URL | 岳人 #-[ 編集]
岳人さん
岳人さん、コメントありがとうございます。

今、日本で浸透しつつある幼少の頃からのお受験(悪く言うわけでありませんが)。年端も行かない頃からこの情報操作力と能書きの能力で選別し始めるのはどうかと思いますね。

幼少の頃はまだまだ自然とのかかわりや人間社会とのかかわり等大事なものがあると思います。
2006/12/22(金) 16:09:58 | URL | いちろう #AtOU8eDY[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック