アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
大河ドラマ「風林火山」の中の山梨弁―――方言マスターと英語習得の共通の“気分”
先日こちらのテレビでNHK(テレビジャパン)の大河ドラマを見ました。今年から山本勘助を主人公にした「風林火山」。甲斐の国、山梨県が舞台の物語です。

当方は、日本時代に各地を転勤してきましたがアメリカに来る前の勤務地が山梨でした。それだけに甲斐の国の英雄武田信玄とその関連人物の物語には懐かしさがあります。又、ドラマの中で話される山梨弁も久しぶりに懐かしく聞きました。

山梨県には8年くらい居ました。丁度子供達が小学校時代をすごした時期です。子供、親含めて地域に溶け込み生活しましたので山梨弁も身につきました。日本の方言といえども言語の一種、これをマスターする過程というのはどこか英語の習得と共通の”気分“があるような感じがします。

面映さの克服

日本の方言は勿論我々にとって英語ほどの異言語ではありませんが、それでもそれをマスターするのは努力が必要です。同じ日本語でもそこで生活すればすぐそこの方言を使えるというものではありません。試行錯誤、四苦八苦しながら何年かかかってやっとマスターします。

まず何であれ知らない言葉、慣れない言葉を使うという事は面映さが先にたってくるものです。ドラマの中でも「お前は戦に行くだか?」、「もう食い物は無いだよ」、等使われていましたが、他地域から来て突然この言葉を使い始めるのは、意味はなんとなく分かるものの面映いものです。

どういう心理状態なのか、今まで話し慣れている言葉から違う言葉に変えるというのは恥ずかしさが先に来ますよね。“気取り“や”衒い(てらい)“を他の人から指摘されそうな気がしてひるむところもあるのでしょうか。

「おっ、こしゃくな使い方をして」だとか「方言を知らないくせして知ったかぶりして」と言われそうでドキマキしますよね。

外国語の場合も同じで、ある程度英語を知っている人でも英語を話す事を躊躇するというのも、この心理が働いているのではないでしょうか。「おっ、気取って英語なんて喋って」とか「この野郎、英語をひけらかしやがって」と言われるのが気になって、ここのフレーズは知っているのに喋れないという心理状態はあるのではないでしょうか。

英語を話すときに相手の人より回りが気になるという心理もここらからきているのではないでしょうか。特に英語の場合は学校の典型教科ですから、これが優越感(のひけらかし)にも劣等感にも転じて、喋れるのに躊躇するという事はあるのではないでしょうか。

当方が山梨弁を話し始めたのは、そういうことが気にならない位に地元に溶け込んでからでした。英語も同じでこの面映さを克服しないとなかなか習得はおぼつかないと思います。

ある何年か前の説によると、田舎出身者のほうが都会出身者よりも英語の上達が速いのだそうです。それは田舎出身者のほうが地道に努力するからだと言うのが定説です。それに加えて当方の論理で行くと、地方出身者は都会に出て標準語をマスターする過程でこの面映さを克服しているので、適応力が出来て英語に対してもひるみがなくなっているからだろうと思います。




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コメント
この記事へのコメント
確かに…
両親も配偶者もそうですが、地方出身者って、ある意味bilingualですよね。TPOによって、二つの言語を使い分ける。悲しいかな東京出身者にはけっして手の届かない領域です。小さいころから、家ではlocal language、学校ではcommon languageを使うよう訓練されているわけですから、その潜在的なスキルは外国語学習にも生かされているのでしょうね。
2007/01/13(土) 14:19:37 | URL | Wonderwall #-[ 編集]
学校は標準語に触れる場だったですね
”いちろう論”は例外もある事、ここに宣します(汗)。
今は田舎でもメディアの発達で方言は少なくなっているようです。我々の子供の頃は、確かに学校が標準語にふれる場所だったですね。
社会人になっても、大分(出身)、愛知、東京、山梨、静岡(現アメリカの親会社所在地)地域に関係して来ました。言葉に悩まされてきた一生でした。おかげで英語の習得は早く...は無かったですが、習得過程の”気分”は理解できます。
2007/01/14(日) 03:32:24 | URL | いちろう #AtOU8eDY[ 編集]
夜汽車で
学生のころ里帰りに、上野から夜汽車に乗って、北上すると、だんだん、自分の言葉が、お国言葉になっていくのに気が付いた事があります。

郷里の駅に着くころには、すっかり地元の人になっていました。汽車というのは、人間的の順応速度で走っていたのですね。

いまの飛行機だとこうはいきません。
2007/01/14(日) 12:58:20 | URL | calperch #-[ 編集]
Calperchさん
当方も田舎に帰ったときは、「一日目80%田舎言葉、二日目95%田舎言葉、三日目から100%」くらいな感じで変化していきます。
悲しいことに生まれ育った田舎言葉も、地元を長く離れると元に戻すのに”面映さ”がありますよね。
2007/01/14(日) 14:21:50 | URL | いちろう #AtOU8eDY[ 編集]
方言に戻る
我が家では、最近大分弁が少しずつ増えています。
家内も同じ大分ですので、その点はいいのですが、関東へ出てきて35年もたつと、これまでは家庭内では標準語でした。
でも、最近帰省の回数が多くなったり、義母からの電話が増えてきたことなどで、大分弁を使う回数が多くなってます。
他方、大分から電話が来たときに、子供たちが話せないという問題もありました。(お婆ちゃんが、何を言ってるか分からない)
そんなこともあって、できるだけ大分弁にしようと思ってます。(逆に、それはそれで結構大変ですが・・・)
2007/01/14(日) 15:33:31 | URL | 英さん #-[ 編集]
英さん
当方宅も女房が大分ですが、愛知、山梨、と渡り歩きましたので言葉は、子供が小学校時代をすごしたエントリーの中の山梨弁が多いですね。
子供は日本語もおぼつかなくなっていますが、この前大分の親戚の人と話しているのを聞いたら標準語(子供は大分弁を知らないので)でしたね。
頼もしくもあり田舎言葉が伝承されないので寂しくもあり、ですね。
2007/01/15(月) 04:31:52 | URL | いちろう #AtOU8eDY[ 編集]
標準語?
こんにちは。
よく“標準語”と言いますが、「どういうものなの?」と考えることが多々あります。
「自分達は標準語」と思っている人達も、何となく気付かないで、他所では余りしない言い方やアクセントになっている場合があるような気がするのです。
ということで、「自分が自然に喋る言葉遣い」が“標準語”のような気がしています…
英語…これは最初から英語の中で育った人と、外国の人では、同じことを表すのに違った表現をする場合などがあると思いますが、そういうのが丁度良いような気がします…
2007/01/28(日) 19:46:34 | URL | ian45 #MF8IyTP2[ 編集]
風林火山…
ところで…この大河ドラマ、なかなか面白いと思いました!!久々に毎週観ています!!
2007/01/28(日) 19:47:37 | URL | ian45 #MF8IyTP2[ 編集]
IAN45さん
江戸から東京にかけての地域が政治、経済の中心となったので、そこの言葉が標準語になったのでしょうね(純粋の江戸弁と標準語は少し違うようですが)。

面白いのはこちら(アメリカ中西部)は日系自動車産業のメッカですが、中京地区の言葉をしゃべる人が多いですね。

「~してみえる」、「~やるだったら」等良く聴きます。中京地区は自動車産業のメッカ。勿論出身者も多いのでしょうが、その人達はあまり矯正せずに自言葉を使い、地域出身者はおもねって使うということがあるのでしょうか。

やはり言葉もそういうパワーの源に収斂されていくと言うことはあるのではないでしょうか。
2007/01/29(月) 00:42:56 | URL | いちろう #AtOU8eDY[ 編集]
IAN45さん/風林火山
風林火山(武田信玄)はいろいろな小説映画がありますね。今丁度、新田次郎の「風林火山」を読んでいます。黒澤明の影武者も有名ですよね。

山梨では勿論有名というか英雄で、山梨に転勤した時の歓迎会は”武田節”や”風林火山”という唄や踊り(もっと他にも在ったような気がしますが)で歓迎されました。

私のいた地区は甘利地区で、ドラマに出てくる甘利某と同じ名前です。ゆかりのある所らしいですね。
2007/01/29(月) 01:01:07 | URL | いちろう #AtOU8eDY[ 編集]
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風林火山風林火山(ふうりんかざん)は、甲斐国|甲斐(山梨県)の戦国大名・武田信玄の旗指物(軍旗)に記された「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」の通称。実際にも使用されたが、江戸時代以降の軍記物などで武田軍をイメージするものとして盛んに
2007/02/27(火) 12:26:14 | うたの記録