アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
「家族のため」と「チャレンジ」―――アメリカの大学スポーツの名監督転進にみる社会の価値観
アメリカは大学スポーツの盛んな所。その中でも人気の1,2位を争うバスケットボールはフロリダの全米選手権優勝でシーズンの幕を閉じました。われらが地元のケンタッキー大学とルイビル大学はこの選手権一回戦は突破しましたが、2回戦で負けてしまいました。来年こそはというのが地元の人達の気持ちです。

そのケンタッキー大学では今大きな騒ぎが起こっています。10年ほど勤め全米選手権も優勝させた名監督のTubby Smithが辞任。ミネソタ大学の監督として就任しました。その辞任から後任をめぐって候補者選定の段階で大騒ぎです。ここのところルイビルの新聞の一面をこの件でにぎわせています。

この辞任の時のコメントがいかにもアメリカらしい、日本ではあまりお目にかかれない内容です。日米文化の違いが見て取れます。それを見てみましょう。

「家族のため」

ケンタッキー大学の今年の成績は2回戦負けですが、この選手権に出る事自体がなかなか難しい事で、ファンからすると「まあよくもないが悪くも無かったシーズン」といえるでしょう。当然監督には来年も努めてもらい上位を狙ってもらう、という期待がありました。

そこでの突然の転進。ファンの反応は賛否半々です。批判論者は「仕事を途中で投げ出してなんという事だ」という論調が大部分でした。日本のスポーツに例えると、去年やや残念だったが今年こそ頑張ってもらおうと期待されている阪神の岡田監督が、他球団の監督になったという図式でしょうか。

これに対してのSmith監督のコメントが「家族のために決断した」です。アメリカ社会で「家族のために...」というのは金科玉条のコメントです。日本でいえば、スポーツ界では「ファンのために...」、企業では「会社のために...」というのと同じ様な感じの重みのある言葉です。

これでこちらのファンの批判は大部分鎮静化。「まあ、しょうがないか。次のステップである次期監督の選定に入ろう」となりました。アメリカ社会らしい“オチ“です。

このSmith監督、なにも家族の方が病気で看病しなければならない訳でもありません。又、家族をミネソタにおいて単身でケンタッキーに来ていたわけでもありません。ケンタッキーでも一緒に暮らしていました。ミネソタに移っても家族みんなと移って一緒に生活をするでしょう。

ケンタッキーの監督の仕事がハードで家族と一緒に過ごせなかった事もあるかもしれませんが、次の仕事も強豪校ではないとはいえ同じ監督業務。家族とのかかわりがそんなに変わるものではありません。

厳密に分析するとこれは辞任の理由にはなりません。しかしこちらの社会では盲目的にこの「家族のために...」というのは支持されるフレーズとなっています。社会に根差す価値観になっているのでしょうか。

「チャレンジ」

同じ価値観のフレーズで今回Smith監督が述べたコメントの2番目が「チャレンジ」です。これも転進批判者を黙らせるに十分な社会的な価値観です。アメリカンドリーム体現の国アメリカ。みんなそれを目差して頑張っています。

教育をする方受ける方、政治家有権者、社会の指導者層それに従う層、ほとんど皆(例外も勿論ありますが)この価値観を共有し社会の仕組みを整備し、自分をそのスタートラインに立てます。企業社会でも「チャレンジ」と称し転職は普通の事です。自動車のBig3でも企業間を渡り歩くビジネスマンは多くいます。一所懸命のない社会です。

Smith監督の場合転進の理由にするには少し無理があります。なんといってもケンタッキーは強豪校。転進後のミネソタ大学はすこし実力が落ちます。「チャレンジ」具合でいえばはるかにケンタッキーにいた方が重みがあります。

しかしこの社会背景のあるところでは転進のタイミング、背景がどうであれ「チャレンジ」と称する事は、これまた盲目的に拍手喝さい的な雰囲気になります。



日本で岡田監督が阪神の監督を解任されてもないのに、又家族の方が病気でも無いのに、「家族のために」や「チャレンジ」と言ってオリックスの監督になることがあるでしょうか?又、なったらどういう反応になるでしょうか?



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コメント
この記事へのコメント
価値観の根幹
まさにアメリカ人の価値観の根幹にせまる
課題ですね。職場でも良く机の上に家族の写真があったりして、何が、自分にとって大事なのかをいつも確認しているという状態がありますね、

また、挑戦やその精神の発露しての、冒険も高く評価されますね。むかし、堀江さんが太平洋一人ぼっち横断をした時に、日本側はパスポートの発行を拒否したので、彼は密出国したわけですが、
こちらに付いたら、桟橋に何百人ものでむかえがあり、英雄になって、名誉市民にもなりました。入国管理も特例で即OK、パスポートもいりませんでしたね。

この気質に対する評価は社会全体を覆っているため、この社会を理解するためには
必須ですね。

いや、鋭いテーマでしたよ、いちろうさん。
2007/04/08(日) 01:51:40 | URL | calperch #-[ 編集]
Calperchさん
「家族のために」の事はアメリカ生活が慣れるにしたがってなんとなく理解でき始めましたが、「チャレンジ」はいまだにびっくりする事が多いです。

会社を辞めて電気工事屋を始めた人、会社を辞めて学校に戻り勉強を再開した人、大学に行けるの(力、親の財力)に板金が好きだと板金工になった人、学校の校長先生の地位を捨てて大工さんになった人、等々です。

それをこちらの人は変わり者とみなさず(ケース数も多いので当然変わり者ではありませんが)祝福しているのがすごいですね。

2007/04/08(日) 10:54:56 | URL | いちろう #AtOU8eDY[ 編集]
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