アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
「そう思うことが幸せの始まりなんです!」―――“Whenever the President wants. This company is his company.”にみるアメリカビジネスマンの幸福観
20年位前の日本でのラジオ番組でした。当時海援隊の武田鉄也が2回目か3回目の人気上昇期でラジオのトーク番組にゲストで出ていました。アナウンサーとトークしながら歌を紹介していくという番組でした。トーク番組はお得意な武田鉄也。だんだん興にのりアナウンサーを逆にリードしていきます。

話は「今、何が気に入っているか?」という所にやってきました。

アナウンサー「私は最近自分のことを気に入っているんですよ」
武田「そう思うことが幸せの始まりなんです!なんの心配も要りません!」
会場(笑い)

これはある種の幸福論のポイントをついたやり取りです。絶対的な幸せ度、満足度と言うものはありません。収入があればもっと増やしたい、教育を受ければもっと高等教育を受けたいとどんどんエスカレートして行きます。幸せと言うのは自分の中で相対的に納得して感じる事なのでしょう。

何事も悲観的に受け取る閉塞日本ではなかなかこう割り切れる人はいません。突っ込みに笑いの起きる所以です。しかしこちらアメリカでは宗教観からか、こういう発言は突っ込みの元でも笑いの元でもなんでもない普通の事です。
“Whenever the President wants. This company is his company.”

あれから20年。日本での閉塞社会の状況は変わりません。いや、もっと進んできています。我々ビジネスの社会でも同じ事です。成果主義にリストラ。長時間労働に過労死。企業モラル崩壊に企業の突然死。企業は経営者従業員あげて悲壮感に満ち満ちています。わが会社を自分のことと考え上から下まで危機感が一杯です。

しかし、ここアメリカでは少し我々日本人の価値観と違う言動に出くわします。

当方のこちらアメリカの会社の事です。当方の会社は日系の会社。アメリカ人の社長Terryの運営で経営されています。このアメリカ人社長のTerryは良く頑張り業績はまずまずです。最近日本の親会社の社長がこちらの会社を久しぶりに見たいという事で連絡がありました。

親会社の社長がアメリカに来るとなると、どこの会社でもこちらの日本人従業員は気を使います。「いつお見えになるのか?」、「スケジュールのすり合わせはどうするか?」等々です。

しかし、このアメリカ人社長のTerryははなから気を使いません。“Whenever the President wants. This company is his company.”とのご宣託。

これは個人の企業への関与の仕方、価値観が根本的に違う事を示しています。確かに親会社の社長はTerryにとって生殺与奪の権を握る重要人物です。しかし彼のコミットメントはアメリカのこの子会社の経営。それで雇用されている、いわば契約を結んでいる事になります。

そのためには日夜頑張っているTerry。業績もまずまずです。文句のつけようがありません。本社社長の来米は彼のコミットメントの中には入っていません。それで上記の様な「好きな時にいつでも」、「この会社は彼の会社だから」とのご宣託になったのだと思われます。

日本では上から下まで会社をわがことのように考えそれに則り行動します。会社は経営者、株主のものですが、日本では従業員教育も行き届いて反射的に「わが社」なる言葉が出てきます。日本の社長来米もこちらのお客さんには「私共の社長の鈴木(仮名)が参ります」と言って紹介します。まさに企業一家です。

ところがこちらでは“Our company …..”なるフレーズはあまり聞きません。上記の発言の様に会社は経営者、株主のものと考えているのでしょう。日本の親会社の社長来米はその人のマター。子会社の社長が知る由もありません。子会社を含めた全体の会社グループの舵取りは親会社の社長が株主から受けているコミットメント。「その親会社の社長の」会社の方策は彼で策定運営されるはずだ、と考えます。

これは会社個人一体、ムラ社会の日本人にはなじみにくい考えですが、この“風”に当たると、時にスカッと暗雲を吹き払うようなさわやかな気分になります。所詮従業員にとって、粉骨砕身会社の事を自分の事と思って尽くしてもリストラはされる、定年まで無事に仕えてもそれ以降の保証は無いわけです。

それであれば会社在籍中に自分のコミットメントに全力を尽くし後は会社との関係の考え方をこのTerryの様に合理的にする、ということのほうが個人の幸せ度は高くなるのではないでしょうか。

確かにアメリカの産業界、特に製造業は日本に押されています。日本のこの個人と会社のこだわり方が両輪になってアメリカの製造業を凌駕しているのでしょう。しかし日本でも好調な会社ばかりではありません。むしろ企業モラル低下による不祥事の方が目立っています。この遠因が上記のような過剰な会社と個人の関係にあるとしたら日本の産業界も威張れるものではありません。個人にとっても不幸な事です。

「そう思うことが幸せの始まりなんです!なんの心配も要りません!」と幸せにさせてくれたTerryの言葉でした。




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コメント
この記事へのコメント
契約社会
My countryとThis countryが My 
Companyと This Companyに相対しているのではないかと思います。

滅私奉公的で帰属意識が大事な日本人社会と個と集団は契約関係とする社会の違いでしょうね。こちらでは、Owenr社長でない限りは株主が会社の所有者であるということがはっきりしていますね。社長といえども雇人であり、業績がなければ解雇となりますね。
2007/04/17(火) 14:24:30 | URL | calperch #-[ 編集]
>所詮従業員にとって、粉骨砕身会社の事を自分の事と思って尽くしてもリストラはされる・・・
まったくそうです。高度成長期の終身雇用制が、個人と企業の関係を歪にしてしまっています。それも、形だけでなくメンタルの面でも。
それが、経済そのものが停滞を始めるころから、悪い面が出てきているのが、今の日本でしょう。
まず、メンタル的に関係を見直す必要がありますね。
2007/04/17(火) 23:08:25 | URL | 英さん #-[ 編集]
Calperchさん
日本では、司馬遼太郎のフレーズに「この国のかたち」というのがあり、「この国...」というのは結構流行フレーズになってみんなインテリ(死語?)は使っていますね。戦後の歴史観があり「私の国...」のフレーズだと腰が引けるのでしょうか。

ところが一転、「日本人として恥ずかしい」等の様に、「日本人として...」は良く使いますよね。アメリカだと”As an American....."とは殆ど聞かないフレーズですね。

ここらの帰属意識の差が面白いですね。

お忙しい中コメントありがとうございます。
2007/04/18(水) 12:52:37 | URL | いちろう #AtOU8eDY[ 編集]
英さん
コメント毎度ありがとうございます。

ビジネス社会を見てもアメリカの方が個人としての幸福感は高いような感じがしますね。

勿論こちらもレイオフ、リストラはありますが(こちらの方が確率は高いかもしれない)、個人の意思で職場を変わって移っていけるので、会社との歪んだ従属感はないですね。

個人のみならず会社の方も日本ほど深刻でないですね。儲からないお客さんには何のしがらみもなく「来月から納入をやめます」と言い切りますし、会社の整理もChapter 11(チャプターイレブン。日本の更生法)で法律に守られて粛々とやっていますし、工場の閉鎖、海外移転は良くやりますし...

このようにアメリカは企業と社会との従属感というのも薄いですね。これも契約で成り立っていると考えているのでしょうか。
2007/04/18(水) 13:19:21 | URL | いちろう #AtOU8eDY[ 編集]
義理、情け、遠慮やおごりなど、明確にしづらいことを、公私混同してしまう点などがあるのかも?知れませんね。会社は家族じゃありませんし、友達でもありませんからね。
2007/04/19(木) 00:20:17 | URL | 岳人 #-[ 編集]
岳人さん
いつもコメントありがとうございます。

「義理、情け、遠慮やおごり...」はいずれも(当方の英語力では)英語訳にしにくい言葉ですね。ということはあまりこちらの会社では見かけない現象ですね。

これはこちらの労働観、就業観の違いから来ているのでしょうか。こちらでは仕事を基本的に苦役と考えている人が多いので(言い過ぎかもしれません。が、少なくとも自己実現の道具とは考得ている人は少ないです)、義理や情け遠慮やおごりが出る余地はないのでしょうね。
2007/04/19(木) 13:03:33 | URL | いちろう #AtOU8eDY[ 編集]
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