アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
“中学卒業程度”の英語力―――”Do you speak in English?”にみる、英語圏での使える英語の定義
前回の検証で、中学卒業程度でもそこそこの英語力があることが分かりました。高学歴時代の現在、多くの人が高校はもとより大学で英語を勉強していますが、依然英語が使える人は増えてきません。これはなぜでしょうか?これの検証をしてみたいと思います。

“Do you speak in English?”と “Dou you write in English???”

学生、社会人問わず英語研修が花盛りです。いろいろなレポートを読みますが皆さん苦労をされているようです。ある学生のシンガポールでの研修レポートによるとその内容は、①授業内での電話の受け答えや道案内のロールプレー、②目的地までの移動のオリエンテーリング、③作文、となっています。

これは作文があるものの大部分は英語の「話す、聞く」能力の育成研修です。これは社会人の英語研修も大同小異です。

これには学生たちも苦労しているようで「不安と心細さ、戸惑いで一杯でした」との感想が寄せられています。

何故か?考えてみると当たり前ですが、学校で英語を学ぶといっても未だに読み書きが大部分です(当方は、ごく最近の英語教育内容は不明ですが)。いざ、研修となった時に、話す聞くが大部分になってくると、訓練されてない「話す聞く」ができるわけがありません。

これは“使える英語”を考える時も同じです。“英語を使える“ということは、多くの場合「話す、聞くことが出来る」と同意です。

こちら(アメリカ)の当方の会社で日本人出張者が日本から来ると、その人が英語を使えるかどうかアメリカ人から聞かれるのが、”Do you speak in English?”です。決してDo you write in English?” や“Do you read in English?”ではありません。

会社の仕事では殆ど100%のコミュニケーションが「話す、聞く」です。書いたり読んだりは仕事では必要ですが、コンマ数パーセントの必要度でしょう。

その現実の中で、日本の英語教育が「読み書き」中心では、実際の使える英語の習得はおぼつかない事は明白です。

“字幕社会”日本と“表音社会”アメリカ

アメリカでは一般企業でも、学校の授業でもレポートを書いて終わる、受け取った相手(上司や先生)は読んで終わるということは殆どありません。必ず本人の意思の入った説明が必要です。レポートと同時にポイントを説明し上司や先生からの質問に答えます。

日本でもそういったやり取りはありますが、こちらの方ははるかに多くのやり取りをします。日本では書類にまとめると安心できますが、こちらでは書類にしろなんにしろ、喋って意見交換までしないと安心できないようです。

会議でも、日本では黒板を使い問題点を書きながら割りと静かに進行します。しかしこちらは殆ど黒板は使わず、喋りながら意見交換し問題点を整理しながら会議が進みます。

こちらでは、英語を読んだり書いたりの能力も勿論必要ですが、話す、聞く能力ももっと必要とされているお国柄です。

最近の日本のテレビを見ると、出演者の話している事も字幕になって出てきますね。テレビが喧騒な場所で見られることを想定しての対応という事もあるでしょうが、話す音韻よりも活字になると安心する、という日本語の特徴から来ているのかもしれません。

アメリカではこの字幕は、外国(アメリカ外)映画の字幕位な物で、出演者に字幕をかぶせているのは見たことがありません。「本人の主張は本人の話す言葉、音韻ではっきりと伝える」というのが、英語の必須条件なのでしょう。

こんな言語社会の英語圏に対応する英語教育が、旧態依然の「読み、書き」中心の内容ではついて行けないのは明白です。

これはスラング等の安直な英語学習の推奨では全くありません。しかしこの「話す、聞く」英語学習を何とかしないといけないのは明白です。


当方の大分高専時代の英語日記も、辞書や教科書を調べながら作った記憶がありますが、この内容を喋る練習はした記憶がありません。それゆえに、中学卒業程度の英語の“実力”がありながら、この時からの20年間は英語暗黒時代に突入して行ったのでしょう。





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コメント
この記事へのコメント
私はさっぱり駄目ですね、英語
英語はたった26文字で、すべてを表現しなければならないので、大きな身ぶり、手振りを添えて話さないと伝わらないんだな、と勝手に解釈しています。。(出来ない者のひがみですね)だから文字だけでは不充分で面と向かって大きな声でストレートに話すことが重要なのだ、と。

その点、日本語は文字で表現しようとすれば多種多様です。でも話すこと聞くことが苦手なのは、やはりトレーニングしていないからでしょうね。
2007/07/25(水) 01:44:16 | URL | 岳人 #-[ 編集]
面白い話題ですね、興味しんしんです。
アジアの国に言っている息子と
昨夜話をしたら、知り合ったスペイン人の若者がいて、彼は、スペイン語は勿論、英語、フランス語、日本語も
堪能とのこと。在日4年にして、毎日、日本の新聞を読んでいるそうです。
この人は語学の才があるのでしょうが、こういう人(数ヶ国語に堪能)と言う人が珍しくないヨーロッパと日本人との違いは、外国語を話す人との日常的な接触がないという
日本社会の特徴からのものがあるのではないでしょうか?
学校の帰りに英語で道を聞かれるというような状況が当たり前であれば、庶民の外国語の日常的な必要度がありますから、おのずと、練習の機会の頻度とともに、心構えも違ってくるのではないかと思います。
私たちの世代に比べれば、今の若い人たちの中で英語を話す人の比率はたしかに増えてはいるようですね。
確かに文書を理解すると言う目的のための英語教育だけでは、この先思いやられますね。
提案としては、日本人のBilingual
の先生を10万人ばかり、速成するというのは、どうでしょうか。この先生が数学を英語で教えるというようになると、世の中が変わるように思います。
2007/07/25(水) 05:21:55 | URL | calperch #-[ 編集]
岳人さん
日本の数千字の漢字(表意文字)の存在、あうんの呼吸の社会、が英語上達を妨げているのかもしれないですね。日本語は、あまりしゃべりまくらなくても意味は通じますよね。

この特性が日本人の”Big word"志向になり、帰って日常単語、関係代名詞等が不得手になる(日常会話が不得手になる)、ということに向かうのでしょうか。

2007/07/25(水) 13:54:55 | URL | いちろう #AtOU8eDY[ 編集]
Calperchさん
アメリカは唯我独尊の国で言語習得はヨーロッパ人には到底かなわないですが、それでもヒスパニックと交流のある人は、スペイン語を少し話しますよね。やはり日常の接触が大きいでしょうね。

それとなにより日本人と違うのは、少しのスペイン語(Como estas? Muy bien....)で、てらいもなく、俺はスペイン語が出来るといっていることですね。このてらいのなさが、言語学習には重要で、それでどんどん交流していつの間にか結構スペイン語がうまくなっていますよね。

この積極性が何よりも日本人の外国語習得には重要だと思うのですが...
2007/07/25(水) 14:14:57 | URL | いちろう #AtOU8eDY[ 編集]
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