アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
”A black person”の使われ方----禁止用語ではないが、使うのにやや腰の引ける用例
前回のエントリーでChuck Berryの紹介を「黒人からみても...」と紹介しました。英語で言うと、”...as a black person....”とでもなりますが、人権意識の高まりの中で人種を示すこの”Black”の使い方は、我々日本人には少し腰が引けます。

言霊社会日本

言霊信仰のある日本では、マスコミ禁止用語が数多くあるようです。先日のニュースでも「中国の俳優のジェット リーは字を読めなかった」というニュースで、「非識字」という言葉を使っていました。一昔前なら「文盲」と呼ぶ所ですが、「盲」というのがマスコミ禁止用語になっているようです。

林家木久蔵の落語で、片岡知恵蔵の多羅尾坂内シリーズの物まねがあります。その中で「ある時は新聞記者、ある時は片目の運転手、しかしてその実態は...」と言う所を、禁止用語に引っかかるので「ある時は新聞記者、ある時は独眼流政宗みたいな運転手、しかしてその実態は...」と笑わせていたのを思い出します。ここまでエスカレートすると芸術や文芸は成り立たなくなってきますね。

この”Black”の日本語でも、現在は「黒ん坊」は禁止用語とか。昔は「冒険ダン吉」の中や、「ダッコちゃん」や「カルピス」のキャラクターを「黒ん坊」と呼んでいたものですが、現在では使われなくなりました。

言葉に何がしかの霊を持つと考えられている言霊信仰。そのメッカの日本では禁止用語がどんどんエスカレートしているようです。

英語圏では?

言葉はある法則から成り立ち、コミュニケーションの手段と考えられている英語圏での英語。言葉とは「それ以上でもそれ以下でもない」と人々は考えているようです。マスコミ禁止用語は、ごく基本の”S-word”や”F-word”等、最小限の数が指定されているのみで、日本のように関連してどんどん増えていくということは無いようです。

我々日本人が使うのに躊躇する”Deaf”や”Blind”、”Disable"も堂々と使われています。我々の会社の製造現場では”Fool proof”も使われています。Beatlesも”A fool on the hill”と歌っています。

この”Black”も特段マスコミ禁止用語ではなく、こちらのニュースでも”Black people", ”The Black President", The Black leader"等、政治や社会ニュースで飛び交っています。

先日のラジオの聴取者参加番組でも、ある黒人の学校の先生が他の学校へのインタビュー(就職の面接)を拒否されたという人種差別の問題で、”Black Teacher”や”Black society”等アナウンサーや聴取者の発言がありました。

この番組で一番びっくりしたのは、ある電話での参加者へ、アナウンサーが”Are you black?”と言っていたことです。「黒人」か、他の人種かで意見のポイントが変わってくる番組の事。アナウンサーも意見を述べる参加者の出自をはっきりさせたかったのでしょうが、そのストレートな聞き方にはびっくりしました。

「Nigger」や「Negro」も他の言語(ポルトガル語やスペイン語)を語源にするからか、特には禁止用語にはなっていないようです。

アガサクリスティーの「そして誰もいなくなった」という小説は、英語で”Ten little niggers”となっており、こちらのテレビでの映画でもこの原題のまま表示されていたように記憶します。

一般英語社会では”Black”は使用を控えるのが自然

上記の事は、ある討論や小説や映画の様にサブジェクトがはっきりしている場合に当てはまり、やはり多くの人々は、日常社会では”Black”の使用を控えているのが実情です。ましてや”Negro”や”Nigger”は通常殆ど耳にしません。

ある時に当方の会社のアメリカ人管理職が当方に、ある従業員(黒人)の話題をするのに「あの現場の彼は...」と言いましたが、当方がその人を特定できなかったので”That black person.”と声をひそめて言っていたのが印象的でした。

メディアでも、サブジェクトがはっきりしない単純な呼称の時は、”Afro-American”と言い換えているのに出くわします。



アメリカの人権意識の高まりの中、我々日本人が通常話す場合は、”Black”という呼び方はすこし腰が引けますね。よほどのサブジェクトであり且つ主義主張がある場合を除き、使用しない方が無難です。

(本文中に禁止用語がありますが、本エントリーのサブジェクト補完のもので、特に意にするところはありません。)



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コメント
この記事へのコメント
N-wordは差別語でしょうね。
Blackと呼ぶのか、African-Americanと呼ぶのかは、呼ばれる本人しだいのように思います。
Black is Beautifulと言った時代もあったわけですからね。ただ、N-wordは黒人が自分で使うのはいいが、他の人種がつかうと差別主義者だという、難しい使い分けの境界があるようなので、黒人以外は使わない方がよいのではないでしょうか?
Politically Correctといわれる語彙の用法の制限は、人種のこともありますが、性別によるものがもっとあるように、思います。FiremanがFirefighterになったり、MailmanがMail Carrierになったりしたのは、最近の30年ほどのことです。
学校でのFreshmanも今では、
First year studentという、ところも出てきています。
社会の事情によって、変転する英語に追いついていくのも大変ですね。
有色人種でいえば、People of
Colorという言い方が今では一般化しているようです。もしろん、我々もこの範疇ですね。
2007/10/02(火) 12:19:43 | URL | calperch #-[ 編集]
Calperchさん
当方の前勤務地はインディアナ中南部の白人社会。ここの方が黒人の対象者が少ない(殆どいない)からか、教科書的なAfro-Americanという呼称が多く聞かれました。

一方、現在勤務する街はLouisvilleでモハメッドアリの出身地です。彼の名を冠した道路もありますし、ミュージアムもあります。

アリはカシアスクレイと呼ばれた頃には、Black is beautifulの代表的なアスリートでしたね。そんな地域柄か、黒人も自分達に誇りを持っているのか、割とBlackという呼称が聞かれます。

そんな地域でも我々特に第三者はBlackという呼称は避けた方が良いようですね。


2007/10/02(火) 14:19:52 | URL | いちろう #AtOU8eDY[ 編集]
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