アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
ある企業セミナーの曖昧コメントを平明英語に訳す-----平明な英語の勧め
日本語を英語に訳すときに、ふと言葉が詰まる領域の日本語があります。我々多くの日本人は認識していませんが、日本語には英語には無い曖昧な表現の言葉が多いようです。

先日、会社の方にある人事セミナーの案内書が届きました。その中に、前回のセミナーの出席者の事後感想のコメントが載っていました。

「日本の感覚、常識が通用しないと反省した。」
「法の背景の説明があるので理解しやすい。日本との比較も参考になった。」
「日常人事管理を業務としていない人間でも、ルールや考え方が把握できた。」
「自社の規則を法的な観点から再確認することが出来た。」

これを、アメリカのセミナー会場で英訳せよ、と言われると少し時間がかかります。

英訳の前に

まず、これらを英訳する前に考えなければならないのが、アメリカに日本語に対応する考え方があるかどうかです。アメリカ人やアメリカ社会に同じ考え方がないと、いくら名訳でも通じない、先方はきょとんとするという事になります。英語の通じない多くの理由はこれです。

例えば「反省した」という言葉。ある人が”反省しないアメリカ人”という本を書いていますが、確かにアメリカ人には反省という事はありません。これは、”個の存在は神との契約の下にだけあり、他に隷属するものではない”という考えから来ているのでしょうか。

会社生活でも、アメリカでは「個人は会社のある職能レベルの募集に応じて、その個人の持っている職能を売り込んで、契約(入社)。当然必須知識はもっているし(と、個人は強調)、当該セミナー内容で反省する事は無い」という考え方が主流です。

そんな所で、「反省」の英訳をいれた(又、こんな社会ですので、ぴったりした”反省”という平明な英訳はありません)コメントを述べた所で、アメリカ人もきょとんとするばかりでしょう。

更には、「参考」や「把握」、「認識」の様な曖昧な言葉も、アメリカ人、特にこうしたビジネス社会ではあまり無い考え方です。このセミナーの参加者が、ある会社からの派遣とします。その会社と個人では業務分掌(Job description)があり、明確に従業員の期待度がうたわれています。英語ではAccomplish(成し遂げる)やGain(得る)、それからDevelop(開発、発展させる)等の表現で内容が謳われています。

そんな中で「参考になりました」や「把握出来ました」、「認識しました」は、アメリカ社会ではそぐいません。やはり、こうした類のセミナーは、「良かった」「悪かった」や「(この部分を)学んだ」、「(この部分が)助けになった」等明確な表現、考え方が必要です。

余談ですが、曖昧言語、社会でないアメリカでは、セミナーの終わりの評価アンケート表にこの「悪かった」の項があります。

平明英語で英訳してみると

上記の事を念頭に置きつつ、冒頭のセミナー参加者のコメントを平明英訳をしてみましょう。これまた曖昧日本語の特徴で、主語がはっきりしませんので主語をきめつつ、結論(動詞)を明確にします。このときに、日本語の曖昧な表現のしがらみから逃れ、平明英語を目指します。こんな時の常套句は”Help", “Learn", ”Get”や”Good(Bad)”でしょう。

日本の感覚、常識が通用しないと反省した。
This seminar helps much that I need focus the American regulation.

法の背景の説明があるので理解しやすい。日本との比較も参考になった。
I have learnt the background of the law. I could compare the subject between here and Japan.

日常人事管理を業務としていない人間でも、ルールや考え方が把握できた。
I am not responsible for HR. But I have got the rules and the ways what American people think.

自社の規則を法的な観点から再確認することが出来た。
This seminar is good for reviewing my company situation.

実際には、アメリカ人は、もう少し言葉を並べ立てて理論構築をするようです。平明な言葉ですが、数多く並べて理論付けをする、というのが多いようです。禅問答や行間で推し量るという考えはありません。


同じコメント集の中に、「セミナーがためになり、目からうろこが落ちました」という表現がありました。「目からうろこ」。調べていくと聖書から来た同じ用語があるようですが、一般では殆ど使われません。映画のスクリプトや論文では作者が粋をこらして文章を作りますので出て来るかも知れません。

しかし、我々日常で話す平明英語では聞いたことはありません。こんな所は英訳をパスするのが、平明人としては得策でしょう。平明人の当方が通訳する時には、こうした諺類は殆どパスしています(オイオイ)。




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