アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
”その日本語、(日本語)ネイティブにはこう聞こえます”----アメリカ人日本語司会者の意気
ADELANTEさんの最近のエントリーによると、日本では「その英語、ネイティブにはこう聞こえます」という本が、本屋の店頭を飾っているのだそうです。

英語学習熱の衰えぬ日本。いろんな英語学習書や啓蒙書が出回っています。その中の一つ、「敵を知り己を知る」という兵法の一種ともいうべき、我々日本人が話す英語が英語圏人にはどう聞こえるか、を解説する本も出てきたようです。

アメリカでも、日本語を学ぶ意欲のある人はよくいます。学問は普遍の真理の探究とは言いますが、さてその人達が、同種の”その日本語、(日本語)ネイティブにはこう聞こえます”という事を気にしているかどうか?

言葉は’Conversation'や’Dialog’で表されるように、双方向の作業と考え、それは無謬の世界ではなく齟齬があるもの、と考えているアメリカ人にとっては、言葉とは"相手にどう聞こえようが”とにかく各種手段を通じて伝えるもの、という位置づけです。

”その日本語、(日本語)ネイティブにはこう聞こえます”の考えもものかは、いかに日本語をトライしているかの実例を見つけてきましたので、紹介します。



コンサートのアメリカ人日本語司会者

’60年代に日本で人気のあったエレキ(死語か?)のインスツルメントバンドのベンチャーズ。アメリカでも人気があったのか、今でも大きなレコード屋(これも死語?)にいくと、”Miscellaneous(その他)”のコーナーですが、CDがあります。その中に、こちらで手にした、”The Ventures Live In Japan '65”という日本公演のライブCDがあります。

その時の司会を務めたのが、Dean某という、日本語も話せるアメリカ人でした。英語も交えながら、日本語でも曲目の紹介やメンバー紹介をしています。

そのDeanの日本語。かなりの使い手ですが、やはり各所に日本語ネイティブではない特徴が現れています。我々日本人(ネイティブ)から聞くと少しおかしいな、と思う箇所だらけですが、しかしそれもものかは、Deanは喋り捲ります。

その間違い例を挙げてみましょう。

まず曲目の紹介では(カッコ内は当方による訂正文と論評)、

’朝日あたる家’(’朝日のあたる家’が正しい。助詞の欠落----いちろう)
’殺人十番街’(’十番街の殺人’。主語述語の転倒。助詞の欠落----いちろう)
”あなたたちのパイプライン”(用語不適切。------いちろう)
”~は人気ものの曲です”(”人気の曲です”が正。形容詞と名詞の混同----いちろう)
”~はよく人気できました”(”良く人気が出ました”動詞間違い----いちろう)

メンバー紹介やステージ状況の説明では、

”うちも日本語喋るけど、皆さんしっかり聞いてね”(私も...。用語不適切----いちろう)
”(メンバーは)むこから..(”むこうから...”。二重母音が正-------いちろう)
”現在エレキの王様”(現在のエレキの王様。助詞の欠落-----いちろう)
”アメリカ太鼓の王様”(アメリカのドラムの王様。助詞の欠落。語彙貧弱。---いちろう)
”すんばらしいのメンバー”(”すばらしいメンバー”。方言使用。助詞の誤用----いちろう)
”キャラバンお願いします。ソーラン節ノーサンキューよ”(英語混在。-----いちろう)

これが、数千人の会場での司会者の日本語の事例です。この司会者Deanは、英語で半分、日本語で半分の喋りです。舶来信仰の日本では、英語で喋るだけで雰囲気は十分に伝わるので、日本語は愛嬌といえば愛嬌です。

しかし、我々英語学習はこのDeanの意気は見習う必要があります。日本人がその日本語をどう受け取るか全く忖度せず、喋り捲ります。聞いている我々日本人も、「うん?少しおかしいな」と感じるくらいで、喋りは続きます。

上記のカッコ内の当方の論評みたいに、いろいろ言うのは、「重箱の隅をつつく嫌な奴」と思われるのがいい所でしょう。

実は、アメリカ人にとっての日本人(他言語人)の英語も、同じ事です。どんなに”ネイティブからどう受け取られるか?”と気にしながら喋っても、上記の類の間違いは起こり続けます。日本以上におおらかなアメリカ人。カッコ内当方のような、重箱の隅をつつくような事はまずありません。

会話は、双方向のものです。多少間違えながら、それを正しながら進んでいくものです。アメリカの重要な価値観に”Make a difference”や”Diversity”があります。「違いを認証する」、「多様性」という事です。当然アメリカ人は、その人個人の話し方というのを尊重します。

よって、各人の喋りが違って聞こえるのは当然、”その日本語、(日本語)ネイティブにはこう聞こえます”というのは、こちらでは殆ど問題にならない命題でしょう。勿論、逆の「その英語、ネイティブにはこう聞こえます」も、たいした問題にはなりません。



我々もこの司会者Deanの意気を買って、異言語である英語にトライし続けましょう。





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コメント
この記事へのコメント
外国人の日本語習得のほうが速い?
トルコに行かれたことはありますか?

トルコで旅行業にかかわる人には、日本語会話能力が凄い人が結構います。(ただし、私の知人は文字が苦手。そして日本語も少し乱暴)(^o^)

ビジネスに必要ということもあるでしょうが。それと語順が日本語と同じというのも大きいかもしれない。

日本語は難しいという固定観念を日本人は脇においたほうがいいかもしれません。

で、彼らも些細な間違いは日本人が察してくれるということであまり気にしません。

そして真剣に日本語を勉強している人の日本語はわれわれより文法に忠実で美しいのです。
#逆にあまりに丁寧だから、トルコ人だと感じる。

また、発音がトルコ語訛りなので、電話で話していてようやくトルコ人とわかる人もいます。訛りがない人はわかりません。
2008/07/22(火) 02:02:43 | URL | ADELANTE #NLJharc2[ 編集]
”英、数、国”
トルコの日本語学習事情は初耳でした。

英語が学校の主要教科になってしまったのが、日本人を英語に対して慎重にさせる原因でしょうか?

しかし、数学も国語も三角関数や動詞の五段活用なんて忘れても平然としている人がいます(他人事ではない!)。この落差は何なんでしょうかね。

やはり文明開化以来の舶来信仰がこうさせているのでしょうか?

アナクロニズムみたいなコメント返答になりましたが...
2008/07/22(火) 13:36:13 | URL | いちろう #AtOU8eDY[ 編集]
すっかりご無沙汰してしましました。m(__)m
いちろうさん、お元気そうですね!

わたしもこの「その英語、ネイティブにはこう聞こえます」という本を、本屋でパラパラっと読んだことがあります。

参考程度の本だと思いました。
これはおかしい、と書いてあっても、いや、おかしくないという意見も見かけることがあるからです。
なにより、いちろうさんがおっしゃるように、間違っても話して自分の思いを伝えることのほうが大事だと思うからです。

たとえ、英語ではへんに取られる単語の使い方などをしてしまっても、話していれば相手の人はこちらの英語力をそれとなく把握しているはずで、状況、性格から考えて、「そんなへんなことをいうはずがない、これは英語力の不足からくる間違いだ」と感じてくれるはずだと思っています。

2008/08/17(日) 06:07:58 | URL | ohio1982oh/Miyuki #-[ 編集]
Ohioさん
これも、どこかで書いた話ですが、こちらアメリカでは、他国出身の人々が中枢で活躍しています。

ドイツ出身のキッシンジャー、オーストリア出身のシュワルツネッガー、我が日本のオノヨーコ、韓国の藩事務総長、等々。

この人達の英語はかなり癖があり、まさに”ネイティブにこう聞こえる”的な英語です(この論拠に与するなら)。

しかし、彼らはこんな事には目もくれず、しゃべりまくり、主張しまくります。英語の細かい所よりも、彼らのTask達成が最重要課題です。

なにより、ネイティブが”どう聞こえようが”大して気にしていません。

これを気にして、黙りこくったりする事の方がネイティブには気になるでしょうね。
2008/08/17(日) 14:38:32 | URL | いちろう #AtOU8eDY[ 編集]
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