アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
TOEIC580点、この程度の英語力でも英語の仕事を始めていました--英語が使える条件
現在の日本では、英語力の検定にTOEICが一番ポピュラーに使われているようです。

このTOEIC。そのテストの性格から、なかなか使える英語の測定にはなりにくいようです。TOEIC高得点の人でも、なかなか英語を使うまでにはいかないとか。

当方のTOEICの最終の得点は580点(36歳当時)です。この当時日本にいて、海外プロジェクトの一員で英語を使っていました。勿論現在ほどは使えていませんでしたが、それでもそれなりに使っていました。TOEIC580点では一般的には、英語を使うのに難渋する人が多いのではないでしょうか?

その中で、TOEIC580点程度の英語力で英語を使えていた条件は、「英語の文法と発音の呪縛からの脱出」だったように思います。

TOEIC580点の一般的なレベル

当方と英語のかかわりは、本ブログのプロファイルにあるように、35歳を過ぎてからでした。

当時、自動車部品関連の会社にいて、日本の工場の組み立て現場の責任者をやっていました。世はプラザ合意以後の円高の局面。多くの企業がアメリカ進出を準備していました。

当方の会社も例に漏れず、アメリカ工場を立ち上げんとしていました。アメリカでの従業員採用も終わり、日本に実習に来る事になりました。日本の組立部門は、アメリカ人従業員の実習の受け入れ先のメイン部署でした。それまで英語は一切ダメだった当方は、猛然と英語学習を行い(英会話やヒヤリング)、アメリカから実習者が来る頃にはTOEIC580点になっていました(勿論TOEIC200点台時代を経てからです)。

さて、このTOEIC580点は受験者の平均点位だそうで、下記の様に「自身の英語力は日常生活でのニーズを充足しており、限定された範囲内では業務上のコミュニケーションが取れるスコア」のようです。


860点以上-----レベルA-----ネイティブなリスニングが可能で自身の英語力で十分コミュニケーションが出来るスコア。

730点以上-----レベルB-----どんな状況でも自身の英語力で適切なコミュニケーションができるベースを持ち合わせているレベル。企業が社員を海外の部署に派遣するに際しての目安。

470点以上-----レベルC-----自身の英語力は日常生活でのニーズを充足しており、限定された範囲内では業務上のコミュニケーションが取れるスコア。

220点以上-----レベルD-----通常会話で最低限度のコミュニケーションが出来るスコア。
220点未満-----レベルE-----自身の英語力ではコミュニケーションができるまでに達していない段階。


TOEICは、読む事と聞く事の能力を測定して英語力を推定する評価方法です。話す、書くというアウトプットは実際にはテストされません。あくまで推定です。

これにより、多くの受験者が感じると思いますが、このガイドラインはかさ上げ状態になっています。TOEIC高得点の人でも、なかなか英語を使うまで到らないとか。TOEIC580点(470点以上)で「英語力は日常生活でのニーズを充足しており、限定された範囲内では業務上のコミュニケーションが取れる」とありますが、なかなか難しいのではないでしょうか。

当方も、日常の事は自分で何とか話していましたが、仕事のコミュニケーションとなると、海外プロジェクトチームの中の英語の達者な人を呼んできて、通訳をしてもらっていました。とても、「業務上のコミュニケーションが取れる」状態ではありませんでした。

文法と発音の呪縛からの脱出

しかし、アメリカ人実習生と毎日の仕事を繰り返すうちに、あることがきっかけで目の前がスーっと明るい状態になり、それから吹っ切れたようにコミュニケートできるようになりました。

当方はそれまでは、文法や発音のことを考えながら、おどおどとしながらアメリカ人に話していましたが、ある日、通訳の人のいない所でこちらの考えを伝える必要が出てきました。

製造業の現場品質管理手法に、「品質は現場で作りこむ」というものがあります。作った物を確認しながら、不良品は次工程に流さない、というものです。実習では、実際の作業もさることながら、この考えを教え込まなければなりません。

今までは、「品質は現場で作りこむ」や「作った物を確認しながら 不良品は次工程に流さない」等の言い回しに四苦八苦して、最終的には通訳を頼んで伝えてもらっていました。しかし、このときは通訳不在。とっさに大きな声で、

“You.....uh...... check...uh......then uh ......move it ...uh next.”

と言いました。文法も発音もあった物ではありません。大きな声で伝えたい事を言ったのでしょう。世に言うブロークンイングリッシュだったでしょう。

それでもそれが通じ、且つそんなやり取りを一日続けた後、その日の反省会になりました。そこで当該アメリカ人から出たのがなんと、

”イッチローは、良くコミュニケートしてくれた。立派な英語だった。”

というものでした。あれほど、文法も発音も無かったブロークンな英語だったにもかかわらず、です。

この”事件”で、吹っ切れたように文法、発音は気にせずに大きな声でどんどん言うようになりました。

TOEIC580点での仕事

それから、当方の英語は、文法と発音はさておき、大きな声で英語をしゃべりまくるのが特徴となりました。これでだんだんコミュニケーションが良くなり、当該実習の終盤頃には通訳を介さずに、組み立ての実習で指揮を取る事が出来るようになりました。

文法と発音の呪縛から逃れた事で、TOEIC580点(470点以上)の「英語力は日常生活でのニーズを充足しており、限定された範囲内では業務上のコミュニケーションが取れる」様になりました。

その解

これは、今になって考えるとしごく当然の事です。アメリカ人でも実際の話し言葉は、リズムがあり全てが明快に聞こえる物ではありません。上記の当方のブロークンな英語も、

“You (should) check (the point), then (after that) should move it (to the next (station).”( )内は聞こえにくい言葉。

位に受け取ったのでしょう。相手のアメリカ人は、大きな声なので要所の単語は聞こえるし、リズムもあると思ったのでしょう;

又、語順も強調する事により、文法通りではなくなる、というのはこちらでもよくあります。

総じてこちらアメリカでは、Broken Englishなる言葉は聞きません。Bad wordsやDirty languageはりますが、その定義さえ外れなければ英語は英語。生きた物ですから多少の語順の違いや省略はしょっちゅうです。Broken Englishなる定義はあまり聞かないわけです。

発音しかりです。世界中で話されている英語。いろいろな発音がある事はアメリカ人も承知しています。なにせアメリカ内でも、南部のフランステリトリーの影響の残った訛りのある英語等々があります。英語でBad pronunciationなどと言ったり言われたりする事はめったにありません。

この「文法と発音の呪縛からの脱出」で、初めてアメリカ人のコミュニケーションに対する考え方と同列になったということでしょう。



現在の多くの日本人は、この文法と発音に対する慎重さが、英語を使う上で大きな障害になっているのではないでしょうか。この呪縛から脱出する事が、TOEIC580点程度の英語力で英語を使えた条件だったのでしょう。


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コメント
この記事へのコメント
点数より場数を踏んだ通用力
いまだに580点ということはないと思いますが・・・。(^_^)

さて、そうなんです。まず声にだして言ってみるというのが大切なんだと思います。

私のスペイン語はTOEICで言えば470点に達してくれているかなあというレベルなのですが、これでも英語は喋れるけれどスペイン語はからきしという外国人の通訳をスペインの古都トレドしたことがあります。

スペイン語は発音は簡単ですが動詞の人称ごとの変化が難しい。

それで、動詞の変化形がでてこないときは不定形で誤魔化します。それでも主語と時制を示す副詞をともなえば間違われることは少ないのです。

まず、文法にとらわれず大きな声で言ってみるというのは大切ですね。

それと日本語で考えない訓練は大事だと思います。私の場合、長年の抑制で日本語のフレーズは思い浮かばないのですが、キーワードが日本語で浮かぶときがままありますので、そのときはそのキーワードから英語で言いたいことをイメージングするよう努めています。

ま、英語は場数を踏んだ通用力であって、TOEICの点数ではないですね。日頃の精進が大切だと思うのです。
2008/10/12(日) 20:59:34 | URL | ADELANTE #NLJharc2[ 編集]
ADELANTEさん
英語が使える(喋れる)という事は、各人の”英語の引き出しに入れたもの”を、瞬時に(でなくても良いのですが)引き出す、というのは、どなたも異存の無いイメージだろうと思います。

この英語の引き出しへの入れ方が問題です。当方の意見(経験から来る法則は)は、ADELANTEさんの言われるとおり、場数を踏んだ、使い込んで擦り切れた事例集を入れる、というものです。これで無いとなかなか、自分の言葉としてでてきませんね。

多くの人は、理論や知識の体系を引き出しに入れるを旨としているようです。これは、生きたリズムのある実際のコミュニケーションには間に合いませんね。

ブロークンを是とするのは、それが使い込んで擦り切れた事例集を入れる事の避けて通れない道だからと思います。
2008/10/13(月) 09:32:28 | URL | いちろう #AtOU8eDY[ 編集]
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