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アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
英語でのコミュニケーションを助ける応急処置法(考え方、方法)---これから英語に挑戦しようとする人々に 
日本からのホームステイの学生は、すでに日本に帰りました。彼らの滞在期間中、こちらでの英語の指南を、率先垂範もしくは側面支援で行いました。その過程を通して、彼らのようなこれから英語に挑戦しようとする人たちへ伝えたい事が浮かんできました。

その要諦は、

1.英語を使えると言う事は、話せる事に他ならない
2.話す訓練をしなければ、話せない
3.学校の英語授業の時間だけでは、圧倒的に不足している
4.一旦話し始めると、中学英語以上のレベルの英語は(そうそう)使うものではない

です。
英語を使えると言う事は、話せる事に他ならない。

英語四技能があります。読む、書く、話す、聞く、です。どれも重要ですが、英語圏で英語が使えるという事は、学校英語信奉者には申し訳ありませんが、99%の確率で英語が話せる事に他なりません。“押し出し”を信条とするアメリカには、一歩前に出て胸をはって思うことの120%を堂々とまくし立てる社会で、筆談と言う事もありません。

ビジネスでも同じで、日本と違い意思決定者が打ち合わせに出て話します。プロジェクトの核になる人がプレゼンをします。どんなに英語のできる人が意思決定をしプロジェクト進捗させようとも、その人が前面に出て話さない限り、その人は英語が使えるとはみなされません。

話す訓練をしなければ、話せない。

話せるようになるには????本を読むことでも、発音練習する事でも、単語を覚えることでもありません。話すには話す技法があり、その練習をしなければなりません。

サッカーの未経験者が、戦術書を読んでも、キックの練習をするだけでも、体力をつけるために100mダッシュを繰り返すだけでもサッカーは出来るようになりません。ストリートサッカー含め、試合をしなければサッカーの試合はうまく出来るようになりません。試合は、相手もいて練習通りの対応はしてくれませんので、個別の練習や戦術書読解だけはダメです。

英語も同じです。相手とリズムを合わせながら話さなければなりませんので、個別練習通りには行きません。総合的要素の加味された話す訓練をしなければなりません。

学校の英語授業の時間だけでは、圧倒的に不足している。

学校で英語を学んでも英語がちっとも使えない、と恥じる事はありません。英語習得時間からすると当然の事です。英語を習得するということは、もう少し時間がかかります。学校での時間だけでは圧倒的に不足しています。ましてや学校の授業は、先生一人に学生数十人。学生一人当たりの時間はずっと薄まります。一時間の授業で学生一人当たりが親身に英語を“学んで”いるのは30分くらいではないでしょうか。

そうです。あなた方の英語の成否はこれからの学習にかかっています。学校での英語の成績がイマイチでもあきらめないで下さい。これからの学習“時間”にかかっています。本当です。35歳過ぎで英語を習得した当方が保証します。

一旦話し始めると、中学英語以上のレベルの英語は(そうそう)使うものではない。

話し始めると感じますが、当座は意志の伝達で手一杯です。何を話そうかと言う事で手一杯だと思います。どう話そうかというレベルになるまでには相当な時間がかかります。即ち高度な文型や文法はしばらく出てきようが無いということです。即ち初歩の英語、中学生レベルの英語しか出てこないでしょう。

小難しい英語は捨て去りましょう。まず簡単な英語がどんどん出てくるようにしてください。英語学習も、難解な単語や複雑な文型にのめりこむのは止めましょう。簡単な表現を幅広く言えるようにしましょう。



この四つの教訓は、在米16年の当方にも未だ重要な事です。



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テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

コメント
この記事へのコメント
こんにちは
お久しぶりでございます。
先日はLisa.Kブログにコメントを頂戴いたしましてありがとうございました。
この記事内容 全くもって同感でございます。
まあ 学校で英会話を教えてみましたところで 話せるようにはなりませんね。悪あがきをせずに 基本文法の習得だけめざしていますればよろしいのに と思います。妙にいじりますので 却って語順がさっぱりわからない等の基礎力のない子が増えております。
使う機会がない また 使う必要もない あるいは 使いたくない と考える子もおりますので そこにお金をかけてみても無駄な気がしております。話そう という意志がなければ 話せるようにはなりませんし またそういう気持ちがある人は なんとしてでも習得しようとお金を払ってでも話す機会を作るものです。
それにまず母国語がきちんと話せない 母国語で物事が考えられない人は外国語を話せるようにはなりませんですね。
ぺらぺらになる前段階では 母国語での思考がどうしても必要ですのでね。
ところで大分弁の記事とても面白うございますです。
なるほど です。考えてみますれば 日本ほど標準語化に必死になっております国もないのではないかしらん と思ってしまいます。かく言うわたしも 出身県の言葉は話したくないですね。この気持ち なんなんでしょうね。不思議です。
2009/08/29(土) 15:21:30 | URL | fountainhead #6NxBSyw.[ 編集]
Re: こんにちは
> お久しぶりでございます。

> この記事内容 全くもって同感でございます。
> 使う機会がない また 使う必要もない あるいは 使いたくない と考える子もおりますので そこにお金をかけてみても無駄な気がしております。話そう という意志がなければ 話せるようにはなりませんし またそういう気持ちがある人は なんとしてでも習得しようとお金を払ってでも話す機会を作るものです。

Fountainheadさん、今晩は。

確かにまず、英語を習得したいと言う意欲が第一ですね。馬を川辺に連れて行って水を飲まそうとしても、馬が水を飲みたくなければどうしょうもないですよね。世の英語指南書や学校もまずその意欲あり気が基本ですね。

今回はその意欲はある学生たちだったので、ちょっとしたヒントで英語の世界が広がったものと思います。今回のエントリーがその一環でした。

コメントありがとうございます。
2009/08/30(日) 13:21:58 | URL | いちろう #-[ 編集]
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