アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
最近のつぶやき集-----私のTwitterから(3月11日週分)
私のTwitterから、3月11日週分です。本日は、①英語の考え方、②日米文化、です。

Twitterのアカウントは@ichiro_indianaです。興味のある方は覗いてみてください。


英語の考え方

●(1)私もアメリカ生活をやっていますので、学生時代の英語の恩師に「先生のおかげで英語が使えるようになりました!」と言いたい所ですが、卒業後も遥か過ぎた30歳代半ばにやっと英語が使えるようになったので、これは躊躇します。しかし、「先生のおかげで英語に飛び込む事が出来ました」とは言えると思います。

(2)考えてみると、他の教科の先生に対しても同じ事ですね。学校としての学生への期待値は、卒業時に取り敢えず「XXの世界に飛び込めるかどうか」ではないでしょうか。(学生の優劣はあるものの)企業ではどの分野でも、明日から即戦力で使える新卒なんていませんよね。

(3)としてみると、(現在の巷の議論では)英語だけが学校教育に対して異常な期待値を持たれているような感じがします。取り敢えず、学生への期待値としては「英語に飛び込める」事でも良いのですけどね。

●(1)ネイティブも、(話し言葉では)やはり据わりの悪い、響きの悪いフレーズというのがあり、このthoughやalthoughは文末にも文頭にも使っている人はあまり遭遇しません。やはり、butやhowever(少しかしこまった時)を良く使うようです。

(2)特に、これらは話の文脈を180度変換するフレーズですので、相手に響くフレーズを選ぶようです。似たようなものに、nevertheless(これは書き言葉っぽいですが)の代わりに stillがあるでしょうか。

●英語の影響力の大きさの例です。12,966対3,304,551。前者はサイモンとガーファンクルのYoutubeの“ボクサー”のヒット数(日本語)。後者は同じく、Simon and Garfunkel”のThe Boxer”のヒット数(英語圏)です。

http://www.youtube.com/watch?v=vVW2wX2iVB8&feature=related


http://www.youtube.com/watch?v=AdKjEHfHINQ

(2)日本のミュージシャンや芸術家も、世界に伍する実力の人は沢山いたでしょうが、やはり言語の壁で一桁くらい(あるいはそれ以上)評価が低かったのでしょうね。

日米文化

●桜の季節がやってきます。アメリカ人はあまり、きれいな桜の木の下に立ち止まって“花を愛でる“ということが少ないような気がします(私の見た範疇では)。日本的な無常観の無い社会なのでしょうか。

(2)“常観”、変わらないという面では、アメリカ(キリスト教圏か?)の人名は日本に比べるとはるかに、恒久ですね。JohnやPaul、Maryは聖書の昔からありますし、現在でも吐いて捨てるほどいます。ファーストネイムで呼び合い易いですね。

(3)日本では、はるか昔に頼朝さんや義経さんはいなくなりましたよね。又、最近の若い人の名前は書いているのを見ても、オヤジには良く分かりません。日本ではファーストネイムで呼び合うのが流行らない訳です。

(4)私が咄嗟にこちらのアメリカ人の名前を思いつかなかった時に、”Hey,J.(ジェイ)”と声をかけます。こちらには、Jason、James、Jordan、Jassi、Johnの名前の人が数多くおり、大抵誰かに当ります(これは、ご推奨するものではありません)。

●アメリカのMarch Madnessが始まりました。大学バスケットボールの終盤の、盛り上がりです。レギュラーシーズンからカンファレンストーナメント、そして今の全米トー ナメント(しかもまず、ベスト4選出にスポットをあてる)と、盛り上がりをよく考えて運営されています。

(2)こちらでは、Best◯という表現はあまり見ません。Best4であればFinal4ですね。通常の英語でもこの表現は、Top 4という表現が多くなります。時々日本の雑誌で見かける"ベスト ワン"というのは、和製英語じゃないのかなあ。







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