アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
アメリカの学校のいじめ問題について----警察の介入について
本ブログは、一時期文字化けがして読了不能でした。ブログ会社のサーバー変更に伴う字体変更に起因したようです。スパム等の不具合ではありませんでした。ご安心を。本問題も無事解決しましたので、これからも安心して読了してください。

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日本では学校のいじめに対して、警察の介入をどうするか、という議論が続いているようです。神聖な教育現場に、又、無垢な子供達の中に警察を介入させて良いものかどうか、というのがポイントの様です。

こちらアメリカでは、学校もひとつの社会集団であるからには、その社会集団としての規律維持のためには当然警察の介入を妨げられない、という方針のようです。




銃と麻薬の国アメリカ

アメリカは銃と麻薬が社会に氾濫しています。銃は多くの局面では合法的に、麻薬は非合法にです。銃は合法とはいえ、その扱いには制約を設けています。職場や学校への持ち込みもその一つです。

不特定多数の集団生活の場で、銃をじゆうに(エヘン)、もとい、自由に持ち込まれては集団生活に齟齬をきたすということで、殆どの場所で禁止されています。又、麻薬も影響の大きさから言わずもがなの制約が設けられています。

アメリカには、この影響の大きな二つの物が存在しますので、学校の管理には“力の論理”が存在しています。即ち、学校でこういう制約に対する違反やその他の事件があると、当然の如く警察が介入します。これは社会のどの成員も疑いなく認知しています。

当方の見聞した中でも、近くの高校で銃を持ち込んだ生徒がいたので、警察が出動。その生徒は取調べを受け、ロッカー等捜索された事例や、麻薬を持っているらしいということで、同じく捜索。これには麻薬警察犬も出動して捜索した事例もあります。

未成年の生徒に対しても、上記の様な犯罪性があれば警察は逮捕し、司法の処置を受けさせます。報道側も一般人の扱いと同じく、実名や顔表示の報道を行います(州で違いがあると思いますが、これの年齢の下限はあるようで、15歳位から実名顔出し報道をするようです)。

未成年とはいえ社会の成員。権利と同時にその責務も負ってもらうというのが、こちらの社会規範になっているようです。

アメリカでのいじめ

アメリカにも当然いじめは存在しますし、いじめによる自殺も発生しているようです。しかし、日本のように行政単位の元締めである市や指導機関の教育委員会、それから直接指導する機関の当該学校までもが右往左往しているカオス的な状態にはなっていないようです。

それはずばり、警察の介入により“力の論理”が働いているからだと思います。生徒間のいじめでも、犯罪性、事件性が確認されるとすぐさま警察が介入し、その処置は上記の銃や麻薬のそれと同じです。即ち、悪質であれば未成年に関係なく逮捕され司法の裁断を受けます。

学校や行政の教育関係者は、教育の事には責任や権限を持っているものの、それを超える犯罪性や事件性のものに関しては、その道のプロであり権限も持っている警察に任せようという訳です。

よって、犯罪性や事件性のあるいじめが発生すれば、警察を含めた各組織が粛々と職務を執行し、混乱状態は感じられない訳です。

日本でよくある議論の一つの、“当該生徒達への教育的見地から警察を介入させるべきではない”という議論に対しては、こちらの答えは明確な様で、“未成年であれ社会の成員をなすのであるから、その権限は勿論責務も当然負ってもらう”というものに尽きるようです。

この“力の論理”によるからか、こちらでは日本の様な陰湿ないじめも少なくなっているようです。



アブナイ社会アメリカですが、それゆえに警察の介入という“力の論理”が働き、いじめによる当該組織や成員の混乱状態は少なくなっているようです。





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