アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
“個”の国アメリカスポーツ界の体罰事情-----体罰で鍛え上げるよりRecruiting(選手採用)
日本で問題になっているスポーツの体罰。こちらアメリカでは、abusingと言うようです。

これは、こちらアメリカでは日本ほど問題になっていないようです。時々、この関連の用語がニュースに出てきますが、sexual abusingという性的虐待が主で、日本のような暴力を含んだ体罰のニュースは聞こえてきません(勿論皆無ではないでしょうが)。

これは何故か?この解になると思われるニュースに本日遭遇しました。




Recruiting(選手採用)でチームを強くする

現在こちらでは、大学バスケの大詰めです。全米一を決めるトーナメントが始まりました。地元の雄で昨年全米一になったKentucky大学は、今年は振るわずこのトーナメントにも出れなくなりました。

その時の監督のインタビューで、来年度シーズンの対処を聞かれ、「まずRecruiting(選手採用)に全力を挙げる」と答えました。

日本でもまず優秀な選手を集めなければ、有名校のスポーツ活動は維持できないと思いますが、それがあるにしても、日本の監督の公式コメントは「猛練習で来年を目指します」というのが、日本人の感性に訴える通り相場ではないでしょうか。

ところが個の国アメリカでは、個人やチームのパフォーマンスは、その個人の持っている能力の集積のそれ以上でもなくそれ以下でもない、という考えがあります。即ちチームとして優秀な成績を上げるには、優秀な選手を集めてこなければならない、どんなに個人が努力をしてもその個人が持っている能力より大きく進歩はしない、という考えがあるようです。

これを裏付けるように、こちらの学生スポーツ界は日本とは違うシステムがあります。高校や大学では、学生は年間ローテーションが決まっており、同じ競技を一年中やれません。野球は春先から夏、バスケは冬のみ等の期限限定です。優秀な選手は色々な競技を行い、その中で自分に一番適する競技を見つけていけます。単一競技を、”一生“懸命努力してパフォーマンスを挙げるより、色々な競技をやって自分の最適な競技を見つけようよ、ということです。

チームとしても同じ考えで、上記のような監督のコメントになっています。

こんな背景がありますので、スポーツの取り組みに対する考えが日本とは180度違うようです。ハードな練習をはするものの、それで選手やチームのパフォーマンスが格段に進歩するとはゆめゆめ思っていないようです。

日本で体罰の萌芽になる、選手への「なんで、そんな事が出来ない!」や「もうちょっと出来るだろう!」というような、ハッパをかけて選手を追い込む事がこちらでは考えられなくなります。「そんな事が出来なければ、出来る適正のある選手を集めてくるか」という考えになりがちです。

この考えの違いが、アメリカスポーツ界での体罰が少なくなっている要因だと思います。



さて件のKentucky大学。來シーズンに向けてのRecruiting(選手採用)は順調とか。高校のNo1クラスの選手を何人も補強するようです。ファンは「來シーズンこそ優勝返り咲きだ」と期待しています。そのファンも日本のファンの様に、「猛練習をせよ」とは要求していません。少し違う取り組みのようです。








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