アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
還暦過ぎのおいちゃんは頑張っているか?------今年のルイビルマラソン参加記録
4月の末に、ルイビルマラソンを走り(歩き含む)ました。

今年は、2月末位から左足に張りが出てきたので、3月~4月は走り込みが少なくなり距離練習もハーフが最高でした。それでも、張りは取れずに本番。それをかばったのか、右足の膝が引っかかるようになり、17Miles(30km弱手前)から走り歩きとなりました。おかげでタイムは4時間56分36秒となりました。

後半歩きが入って走破は出来ませんでしたが、その後半も特に”塗炭の苦しみ”ということでもなく、景色を楽しみながらの走り歩きで、「これもまた一つのレースかな」という事で楽しみました。翌日は少し膝が痛かったですが、もうなんとも無くこれから又走りと自転車で汗を流すぞと張り切っています。




激減の練習量

今年は、1月2月の月間走り込み量が200kmを越えましたが、上記のように左足に張りが出てきて3月4月は激減。週末に少し走るだけの月間40~50kmの練習量となりました。

又、長距離練習も出遅れ、走っても16km位。最高がハーフの距離の21kmを昨秋のハーフマラソンの大会を含めても2回だけと物足りないものでした。

足の張りが出来る前の、結構走れた時期にもう少し長距離練習を積んでおくとよかったかなと言う反省があります。

スローペースの出足

このため、レースではとにかく走破出来ずとも歩いてでも帰還する、事を目標にあげました。よって、序盤は慎重にも慎重を期し、後半まで持続するスローペースで出発。最初の1~2Mileは10分弱/Mile(6分強/km)の遅い入りとなりました。

おかげで、6Mileの地点にあるケンタッキーダービーの競馬場(このレースは、この競馬場の中を通っています)が、例年は少し息が上がるくらいのペースでまだかまだかと思う地点にありましたが、今年はゆっくりしたペースだったため、楽に通過できました。

ネットのレース結果を見ると、最初の10kmのタイムが1:00:32というスローな入りとなっていました。

17Mileの地点で歩き始め

慎重な入りが効を奏したのか、今年の未経験ゾーンのハーフの21kmを過ぎても何とか走れ、難所のイロコイ公園のアップダウンも無事に乗り切りましたが、やはり練習不測が響き17Mile(30km手前)で走れなくなりました。それからは、マイルマーカー(1Mile毎の表示)を目指して歩きを少しいれ走る事を繰り返しゴールを目指しました。

何とかゴール

終盤はどうなる事かと思いましたが、レースは3回目のいわば慣れたコース。終盤の大変さもコースの風景とともにインプットされており、いわば事前学習済みで何とか乗り切りゴールにたどり着く事が出来ました。

世に言う、レース終盤のリタイヤ寸前の塗炭の苦しみという事は全くなく、この苦しさも又一つのレースかな、という楽しい感じで乗り切れました。

ボストンマラソン爆破事件後の大きな大会

ボストンの爆破事件後の大きなマラソン(本大会は1万7千人位のランナーが参集)で、やや緊張感があり、警備も平年よりは厳重にしているようでした(出発時の大集団が集まる場所では、警備人の増員も相対的に目立ちませんでしたが)。

スタート前には、全員で黙祷をしてボストンの犠牲者を偲びました。とにかく事故も無く無事に終わって感謝しています。



昨秋のシーズン前の練習計画時にはもう少し高い目標がありましたが、それを大幅に下回ってしまいました。しかし、フルマラソンを走れ(歩き含み)た事に感謝。これからも、このフルマラソンを走る(歩きを含めても)事を毎年の健康のバロメータでやって生きたいと思っています。




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