アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
英語上達の“マーフィーの法則”-----失敗事例から学ぶ英語上達法
グローバル時代の昨今、英語の上達を目指している方々は、日夜塗炭の苦しみで頑張っておられるかと思います。しかし英語の上達は、その苦しみ度合いに比例せず失敗の数に比例するのが世の常。そんな事例の数々を、“マーフィーの法則”として紹介します。


発音に気をつけていて、その通りに喋れるのは最初の15秒のみである

「よし、発音も勉強した。Thは舌をかむような感じで...LとRも注意して...」と、勇んで話し始めてみても、その通りになるのは最初のわずかの時間で、気がつくとすっかり元の日本語的発音になっていた、なんて事はよくある話です。あの苦闘の勉強の日々は何だったんだろうかと思ったのは当方だけだったのでしょうか?

同じ流れで、

構文に気をつけていて、その通りに喋れるのは最初の15秒のみである

というのもありました。トホホ。

英語が通じる度合いは、正確さの度合いではなく声の大きさの度合いに比例する

話している英語が正確かどうか、相手の事を斟酌しながら注意深く小さな声で言う時に限り、”Pardon?” が返ってくるものです。これは、英語がおかしいのではなくただ単に、自分の言っている事が相手に聞こえなかっただけ、という事だからでしょう。

同じ事を文法も発音も気にせずに、ただ大きな声で言い直すだけで通じた事は何度もありました。涙。

英語を正確に話そうとするほど、話し方がギクシャクしてくる

ある会議でのことでした。ある議題で話が振られ、当方が

“I have got information …”

言いかけた時に、横にいた同じ課題を抱えていたアメリカ人が同時に、

“(I’ve) got information …”----->(注)カッコ内は殆ど省略

言いました。当方の言い方はなんだかギクシャクして、そのアメリカ人は当然の事ながらスムースだった訳ですが、この時に何故我々日本人の英語はギクシャクしているか眼からうろこ。我々の英語は、主語、述語を頭から正確に話そうとしすぎているのではなかろうか、と。

これが分かって以降、早速実践。それからというもの当方のつたない英語も大分スムースになりました。例として自己紹介のときにも、

‘(I’m) Ichiro Wada.” ----->(注)カッコ内は殆ど省略

お試しあれ。

相手の話しに、返しの会話を組み立てて話そうと思った時には、大抵時期遅れになる

「なになに相手はこう言っているか。これに対するお返しは、主語をこれを使い、構文はこういう形にして...」と組み立てて話そうとした時には、相手は大抵次の話題に移っていました。沈黙は敵の英語社会ならではですね。

これの対応としては、“何か簡単なフレーズでも挟んで話を繋げる”事だと思います。

同じカテゴリーで、

スモールトークで、話そうと思い組み立てた話題は大抵時期遅れになる

というのもありました。

スピーチでは、言葉は出ずに冷や汗ばかり出てくる

冷や汗と同じくらいに、言葉が出てくれればと感じた事が幾度ありましたか。“冷や汗”の代わりに“心臓”と置き換えても可。



英語の勉強は勉強として、とにかく試して見なければ上達しませんね。もう一つ言うと、その上達度合いは失敗した回数に比例するような気がします。最後に、逆説的ですが究極の法則を。

英語の上達度合いは、勉強時間ではなく失敗した回数に比例する





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