アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
私の「愛の精神」-------「思いやり」の精神
私の母校(大分高専)の校是は「愛の精神」です。

これは学校創立当時の校長が、キリスト教の信者で、その中の精神を掲げたものです。当時、校長の講和では、よくこの精神について話を聞きました。叉、校長主催の私的な会合も行われて、この中でも有志参加者に話しをされていた様です。

しかし、当時の私は講和を聞いても、この西洋的な言葉にピンと来ませんでした。よって、校長の私的な会合にも参加せずじまいでした。

当時の私は、「朝には紅顔ありて、夕べには白骨となる」(浄土真宗の御文の中の一節)がしっくりくる人間でした。大分県の田舎の、日本的な土俗風俗の中で自然に成長してきましたので(仏教にのめりこんでいた訳ではありませんが)、この西洋的な概念にはなじめませんでした。





「愛の精神」とは「思いやり」

しかしその後ある企業に就職し、色々な外来の管理手法や考え方を、日本的に噛み砕いて職場に落としこむという仕事をしていました。その中で、外来の考え方と、日本の考え方を比較する中で、何かが融合したのでしょうか、ふと、以下の考えが浮かび上がりました。

そうか、「愛の精神」とは「思いやり」と考えればよいのか。

日本で生まれ、日本の土俗風俗の中で育ち、「諸行無常」に馴染んだ人間には、なかなか西洋の絶対神に基く、不変不朽の存在というのはなかなか理解できません。しかし、この「愛の精神」をふと日本的に「思いやり」に置き換えると、胸にすとんと落ちました。

企業の不祥事もパワハラも

これは、我々企業人にも留意すべき事柄です。現在企業のさまざまな問題、自動車の燃費改変、杭打ち検査データーの改ざん、粉飾決算、ブラック企業に代表される長時間労働やパワハラ等、全て一般社会や個人に対する「思いやり」の精神に欠けているところから来ています。

当該不祥事に関係した各人は、所属組織の為、自分を含め所属組織の人々の為に行った行為でしょうが、もう少しこの「思いやり」の精神を持って行動しておれば、未然に不祥事を防げた事でしょう。

私も、激しい企業競争社会を生き抜いてきて、中にはその配慮が充分でなかった事もあったかと思いますが、どこかでこの「思いやり」の精神が頭をよぎり、真っ当なな道を歩めたものと思っています。

これは当時の校長が、卒業生の卒業後の企業活動での指針を示していた事なんだな、と後になって気付いた次第です。

転職活動にも

私の勤めていた企業で、転勤を重ねた30歳代半ばの事でした。当時私はある事業所の生産管理の仕事をしていました。ここは多くの外注を使う部署です。当時はまだ、国内生産華やかな頃で、外注の新規採用、打ち切り、依頼品種の転注、はたまた値段交渉等、戦場の様な時代でした。

そんな利害関係の衝突する中で、当時の私はうっすらとこの「思いやり」の精神を考え続けていました。「依頼製品の打ち切り、転注、叉、値段交渉にしても、なんとかこの外注さんの為になるように、得意な代替仕事があれば考慮しよう」、「値段切り下げをお願いする場合はその外注さんの助けになる事を他から見つけてこよう」等です。

そんな姿勢を見ていただいていたのでしょうか、その後アメリカに赴任になり後にアメリカ内転職をする時に、その生産管理時代の外注さんのアメリカ子会社を知り、面接を受けた所めでたく採用となりました。

その外注子会社は、独自の合理性で私を採用したのでしょうが、どこかでその当時の私の「思いやり」の精神がいろいろ作用したのかもしれません。しかも、一時の利得である規模の会社から外注先に転職する事例は良く聞きますが、大抵短期間でお払い箱。当方は、もう15年もお世話になっています。やはり、日本時代の「思いやり」と同時に、転職後の「思いやり」も効いているのかな、と思います。

見返りを求める「思いやり」というのは、本当の「思いやり」では無いと思いますので、この事例紹介は忸怩足るものがありますが、どこかで因果はめぐるという事かも知れません。



私も歳を重ね、老年の域に差し掛かりました。日本では「突然きれるお年寄り」、「モンスターお年寄り」、「いがみ合っているお年寄り」と呼ばれ顰蹙を買っている人が多いと聞きます。確かに歳を取るとイライラ私がちになりますが、この「思いやり」の精神でなんとか老年期を過ごしたいと思います。叉、少しでも社会の為に役立ちたいと思っています。








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