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アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
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モハメッド アリ(ボクシング レジェンド)の評価-----------日米彼我比較
先日、近くのルイビルにある、モハメッド アリ センターに行ってきました。日本から来たお客さんを案内してです。

アリはルイビルの出身で、地元ではレジェンドとして崇められ、生家や墓も保存され且つ、アリの業績を称え保存したミュージアムの、立派なビルになったアリセンターも運営されています。

ここで確認した、こちらでは知られているが日本ではあまり知られていない(評価されていない?)業績、それとその反対で、こちらでは知られていない事跡を取り上げてみます。




人道慈善活動

アメリカでは知られ、日本ではあまり知られていない事。

アリは、ローマオリンピックボクシングで金メダルを取ったあと、プロ転向して試合を重ね20戦目で、当時のチャンピオン ソニー リストンを倒してヘビー級のチャンピオンになりました。

アリは初期の対戦の頃から、恵まれない人々を救う人道慈善団体にお金を寄付していたようです。アリセンターの彼の活動の事跡の所で紹介されていました。

最初の頃は、ファイトマネーも安かったのか、数千$単位だったようですが、稼ぎが多くなると、当然寄付も多くなってきたようです。

アリは、徴兵拒否等で黒人地位向上運動でも知られています。しかし、後年、アトランタオリンピックの聖火ランナーになったり、ロンドンオリンピックでの開会式登場等の栄誉は、この人道慈善活動での貢献が大きい様です。

日本では、あまりこの人道慈善活動も関心が無いのか、ウィキペディア日本版にも全く掲載されていませんが、アメリカ版ではかなりのスペースを割いて紹介されています。

ウィキペディア日本版

ウィキペディア アメリカ版

アリ~猪木戦

日本では知られ、アメリカでは知られていない事

アリ~猪木戦は1976年に行われました。我々の世代では、試合はともかく(凡戦と言われた)試合までのプロセスは、手に汗を握るものがありました。時のボクシングのチャンピオンとプロレスラーが、どんなルールで試合をやるのか?本当に実現するのか、ハラハラドキドキものでした。

試合の後の事後談も色々語られ、アリは猪木のアリキックで足を痛めて引退が早くなった、猪木はこの試合で大赤字を抱え、借金の返済に四苦八苦した、等です。

猪木のプロレスラーとしての事跡をたどる時に、必ずと言ってよいほど出てくる試合です。

しかしこれは、こちらアリ センターのアリの事跡の所には全く出てきません。こちらの事跡では、Professional boxing戦績のカテゴリーでまとめられており、異種格闘技は入れてくれないのか、“イロもの”のエキビジションマッチとして、却下されたのか...

ウィキペディアを較べてみても、その違いがはっきり分かります。英語では、アリ~猪木戦は、リストの中の一行のみです。



このアリ センターは5階建ての大きなビルで、ルイビルの一等地に鎮座しています。最上階には、広い部屋もあり、経済界のビジネスパーティーにも使われています。この認知度の高さも、日本では知られていないでしょうね。






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