アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
こんな時代もありました―――草の根評論家の昔(1969年)の日記にみる当時の物価(その2)
さて五日目以降です。どんな記録が残されているでしょうか?

アイスクリーム50円、ピーナツ40円

五日目は一回戦の試合、対八戸高専戦がありました。試合は我が大分高専が2-0の勝ち。

50円(電車賃)
50円(アイスクリーム)
40円(ピーナツ)
40円(電車賃)

試合に勝って大奮発(?)でしょうか。アイスクリームとピーナツを買って食べています。飲み物は無かったのかいな?

パチンコ300円、そば200円

六日目は第二回戦。航空高専と延長の末1-2で逆転負けしています。「相手が捨て身の当たりで来たので我々としても意外だった。うわついていたのだろう。バックの出来がよくなかった」とコメントが残っています。

50円(電話代)
20+40=60円(電車賃)
300円(パチンコ代)
200円(そば)
50円(コーラ代)
200円(K君へ)

試合に負けて大会も終了。ほっとして少し豪遊(?)したようです。先日日本に帰ってパチンコ屋に行きました。1,000札を持ってウロウロしましたが玉は買えませんでした。最低遊技額が2~3,000円になっているのですね。当時は100円から遊べたのでしょうか?そばも200円!

ゲームセンター200円、K君へ(返金)30円

さて七日目は日記に残っている本旅行最終日です。これからチームメイトと別れて単独行動です。当時兄が横浜で働いておりそこへ訊ねて行ってます。「藤沢発9時16分、横浜着9時45分の東海道線で横浜について東口で兄に会った」とあります。

20円(電車賃)
30円(K君へ)
1,000円(トランプ)
200円(ゲームセンター)
130円(ペナント)
700円(氷川丸入場料)
7,180円(残金)

なんと30円をK君に返却しています。ゲームセンターは今様のものとは大違いですがそれでも200円とは渋いのか時代なのか?単独行動の東海道線の電車賃は事前に買った切符だったのかな?




10,000円を後生大事に抱えてスタートした旅も、途中入金も少し有ってるようですが、7,180円の残金で終了しています。時代のなせる業か、はたまた貧乏学生のなせる業でこんな渋い旅が出来たのでしょう。

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テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

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