アメリカ中西部での生活、仕事、英語、スポーツ、文化に関する草の根評論
アメリカの犯罪処理、個人責任の考え方と報道事情―――草の根評論家の見る責任論の日米の違い
先週の末にこちらで高速道路無差別発砲事件がありました。17歳の少年が夜間高速道路に向かって発砲。一人が死亡、一人が怪我、数人が車の被害があったというものです。犯人は今週になって捕まりました。これの後処理とその報道を見ていると、同じ法治国家ですが日本と大きく違うのが感じられます。

事件のあらまし

事件はIndiana北部の小さな町に住む少年が、家族で狩猟に出かけたときに家族と口論になり怒って失踪。むしゃくしゃしたのか、その夜その少年はIndianaの幹線高速道路のI-65号線で(当方のすぐ近く)高速道路に向かって発砲。一人が死亡、一人が重傷、数人が車の被害があったというものです。

それから少年は数百マイル移動しIndiana北部のI-69号線に出現。そこでも発砲。数人の車に被害が出ました。

少年は今週になって逮捕されました。無差別発砲事件でこちらの方では人々の不安も大きく関心を集めました。

今週の報道を見ているとアメリカでの事件の処理、個人の責任に対する考え方、報道事情等は、同じ法治国家ながら日本とかなり違います。

犯人の少年の名前、顔写真は公開

犯人は17歳の少年ですが名前(Zachariah Blanton)と顔、姿の写真は堂々公開です。名前は勿論、写真もCourt(日本の警察検察に相当する所)から出てきたところを、囚人服のまま顔も手錠も隠さず堂々と撮っています。日本であれば大人の容疑者でも、毛布で顔と手錠を隠して逃げるように移動しますがこちらはお構いなしです。

アメリカにはいわゆる「世間」というものがなく、神の下では各人平等。「犯罪を犯せばその個人で責任を持つ、よって犯人に対し日本みたいな保護配慮はしない」、ということでしょうか。

コミュニティもオープン

少年の出身地はIndiana北部の小さな町です。銃の犯罪はそう珍しくないアメリカでも、17歳の少年の無差別発砲事件は特異なのでしょう。事件の背景分析で、この町と少年の関係者への取材もされていました。

これの報道もきわめてオープンです。町はGastonという小さな町。少年の通っていた高校(West Del High School)も実名で報道。少年の友達、知り合い(Lacy Ault, Kim Webster, Michael Osborne, Evan Miller)も実名で登場して少年の人となりを取材に応じていました。又親戚のおじさん(Joseph Blanton)も実名で登場して説明していました。

親戚であれ、友達であれこういう類の責任は個人に帰するというアメリカの社会事情が良く出ています。日本であれば“一億総懺悔“で回りも責任を感じて余り表に出たがらない所ですよね。

学校の責任は当然問わず

報道の中で日本と大きく違うのは所属の学校に対する目です。こちらでは学校の名前は出ますが、先生の謝罪会見や対応策協議の報道は一切ありません。社会通念として個人の責任は個人で負う、学校の責任は学校で負う、とはっきり分かれているようです。

刑罰の算定が自動的。裁判も早い。

報道では、この少年の刑が既に論議されていました。アメリカでは、①殺人では死刑か45年~65年の懲役、②殺人未遂では20~50年の懲役となっているようです。しかし17歳以下の少年には死刑制度はない(18歳以上は死刑がある!!)ということで、懲役刑になるそうです。

この懲役も“情状酌量”というファジーな判定はなく全部積算。おそらくこの少年は殺人1件、未遂数件で、懲役100年は超えると思われます。アメリカでは懲役100年超えるのは良く見かけます。ここらも法は斟酌なしという、合理的なアメリカ社会の一面が出ています。

又本事件の一回目の裁判がこの10月に予定されているようです。アメリカでは大抵2~3年で裁判が決着します。陪審員制度で司法の暴走は防ぐが法の下での責務は当然すばやく負う、という考えがあるようです。




多面社会のアメリカでは社会の羅針盤(法)というものが必要で、それが振れずに運用(責任は責任という考え方を)しないと、社会のまとまりがつかない事態になるのでしょうね。


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2006/07/28(金) 14:44:53 | | #[ 編集]
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